純黒の悪夢/後編

 苗字は松田が自分の言うことをあっさり聞いてくれるとは思っていなかった。だから、観覧車に彼がいることを予測していたのである。「まあ、本当に来るとはね」できるなら来てほしくなかった。
 電力室で機械をいじり、復旧させる。これで観覧車前で煌めくライトは照明に紛れた。
 公安上層部は遊園地に備え付けられている五色のカラーライトを使って、キュラソーの記憶を呼び起こそうとしていたのだろう。その方法は正解と言って良い。今彼女の記憶がどうなっているのか皆目見当もつかないが、早急に回収しなければキュラソーは組織に戻ってしまう可能性がある。もし記憶を取り戻した状態でそんなことになれば今度こそ降谷の命はない。流石の苗字も、降谷がノックである証拠が揃っている中で彼を純粋な黒であるように偽装するのは難しい。
「殺したほうが楽なのだけれど」
 降谷含め公安の連中はキュラソーを生け捕りにしたがっている。彼女が持つ情報は貴重だ。なんとしてでも手に入れたいのだろう。気持ちは分からなくもないが、この状況でそんなことができるとは苗字は考えていなかった。
 これからどうするのか思案したまま電力室を出る。あとは上空を飛ぶヘリの始末だけ――そう、思った矢先のことであった。
 ガタン、と何かが外れる音が響いた。何かと思い音のしたほうに目をやれば、驚いたことに観覧車のゴンドラがホイールから外され、軍用ヘリがゆっくりとそれを持ち上げていた。オイオイなんて強引なんだとつっこみたくなったが、生憎そんな時間的余裕はない。ヘリが強硬手段に出ているということは松田が無事に爆弾を解体してくれたということだ。効果的な殺戮法を失った彼らは、どんな手を使ってでもキュラソーを殺そうとする。
「! 銃弾が…」
 照明があるからよく狙いやすいだろう。後で礼でも言ってもらおうかと、苗字は姿の見えないスナイパーに鼻を鳴らす。
 しかしその瞬間、事態が急変する。
 ここが日本とは思えないほどの銃撃戦が繰り広げられていた中、ヘリは観覧車の中心を狙い出し、ノースホイールが車軸から外れたのだ。
 観覧車が、転がろうとしていた。

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