PP→YGOGX

 見た目は子供、頭脳は大人という謳い文句が頭の中に浮かんだ。昔流行った漫画の言葉だったような気がするが、苗字名前は生憎それを読んだことがなかった。それを読んでいたら、この状況の対応もスムーズだったかもしれないとぼんやり考えた。
 苗字名前はこの世界の人間ではない。もっと先の世の、科学技術が発達した世界からやって来た。カードゲームのキャラクターが摩訶不思議な力により現実に出現するような世界とは、まったく異なる世界から、だ。少なくともこんな風に好き勝手に出歩けるほど、名前の手の中に自由を持たせられるほど、開放的な世界ではなかった。だから名前は外見が縮み以前のように融通が利かなくなったこと以外、この世界に対して不満を抱いていなかった。技術の後退により多少不自由はあるが仕方ないと割り切った。それに子供化した名前に何も訊かずに家にいさせてくれた老夫婦にも感謝していた。
「おまえ何だよこのカード!ずるくねえ!?」
 いつものように一人で散歩に出かけられる喜びを噛み締めていた折、名前は通りがかりの公園にて複数の子供たちを目撃した。数人に囲まれている茶髪の男の子は「返せよ!」と目の前の男の子に必死に手を伸ばしている。どうやらカードを取られたらしい。くだらないことをするものだ。まあ子供の諍いなど関わるほどのことではない。喉が乾いたし彼らの近くにある自販機に立ち寄る。おかげで口論がよく聞こえた。
(よくもまあ、たかがゲーム如きでああも熱くなれるなぁ)
 カードゲーム界がこの世界の中心ともいえるものだからだろうか。ゲームが中核というのも不思議な話だ。やっぱりこの世界は変わっているなぁと思いながらプルトップを開けた瞬間、ドン!と背中を押された。
 びちゃり、胸元に大きな染みができる。
「……………」
「お前らいい加減にしろよ!それはおれのカードだぞ!」
《……十代、こんな奴ら僕がひと思いに…》
「おい」
 カードを取られたらしき茶髪の子供を押し退け――名前は、飛び蹴りを食らわせた。
 飛び蹴りを、である。
 「いっっ…で、ぇえ!!!」「なっ何だよこのオンナ!」「やんのか!?」カードを奪ったガキ大将が倒れるやいなや、取り巻きがぎゃあぎゃあと喚き出す。
「お前の所為でわたしの服が汚れた」
「は!?」
「どう責任取ってくれんだコラ」
「うっうるせえ!知るかよそんなこと!」
 名前にとっては“そんなこと”ではない。これは赤の他人である老夫婦に買ってもらったのだ。無碍にできない。
「今ここでボコボコにされるか大人しく帰るか選べ」
 殺気を出して問い詰めれば、一同は息を呑んだ後、一目散に逃げ出した。「お前ら待ってくれよ!」と先程飛び蹴りを食らわせたガキ大将が一歩遅れて公園から出ていく。
「やれやれ」
 ひらりと落ちたカードを拾い、茶髪の少年の元に行って――胸倉を掴む。
「あんたも男ならこれくらいやりな!!」
「えええ!?」
「向こうが先に自分のモノ盗ってきたんだろ!?だったら容赦なく殺れ!!」
《なにこいつ。十代の胸倉掴むとか何様?》
 そこで名前は奇妙なモノが彼の背後にいることに漸く気づいた。足が地面についていない。ギョッとするほど驚いたが、先程の子供たちがこの奇妙なモノに対して無反応だったことを思い出す。
 考えられる可能性は、一つ。
「…あんたまた随分立派な背後霊をお持ちで…」
《僕は背後霊じゃない!!》
「お、おまえユベルが見えるの!?」
 恐れていた顔色から一変、少年は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「背後霊に名前までつけてんの?」
《だから!背後霊じゃないってば!どっちかっていうと守護霊!いやそもそも幽霊じゃないけど!!》
「じゃあ何だよ」
「精霊だよ!」
 少年がはにかむ。
「おれ、遊城十代!こっちはユベル。お前は?」
「……苗字名前」
「名前!おれたちと友達になろう!」
 期待に満ちた声で述べれば、途端にユベルが不満げに唸った。
《ええ〜十代、それ本気で言ってるの?》
「だってユベルが見えるやつなんか今までいなかったじゃんか。おれたちきっとイイ友達になれるよ!」
《………………十代がそう言うなら》
 精霊もといユベルは十代に従順らしい。なんだか良い話のように纏まってきているが、ここまで名前の意見は完全に無視である。
 何でわたしがガキなんかと友達に…と眉を下げたところ、ギロリとユベルに睨まれる。
《十代の折角の誘い、断ったら殺す》
 どうやら拒否権はないらしい。