「…ねエ」
「ん?」
「そろそろ降ろしてヨ」
何の感情も受け取れない声音でマオが言うと、エースは少しキョトンとした表情をしてから笑顔を見せた。
「悪い悪い。ほらよ」
海岸に近い場所で降ろされる。一応助けてもらったので礼を言うと、エースは気にするなと、また裏の無い笑顔を湛えた。その笑顔に既視感を覚える。
「…」
「なあマオ、何であんなこと言ったんだ?」
「え?」
「海軍だよ。ほら正義がどうとか」
突然そんなことを訊かれ、今度はマオがキョトンとする番になった。エースは先程の笑顔から一変、真面目な表情を浮かべている。何か気に障ることを言ってしまったのだろうかとマオは逡巡した。
「エースはカイグンが好き?」
「え、いや…好きっつーわけでもねえけど…むしろ敵だけど…」
「正義という言葉の意味や目指すところから、皆は正義が絶対的な善であると考えてしまい、それを大義名分として他人の正義を無視した強引な行動を起こしてしまうことがよく見受けられるネ」
「…あーうん、えっと」
マオの言葉の選択が難しいのか、エースは引き攣った笑みで小首をかしげる。
「――戦争ってさ、何で起きると思う?」
「へ?」
「どちらか一方しか正義を掲げていなかったらそれは征伐か防衛と呼ばれる。でもね、両者とも正義を持っているから戦争が起きるんだヨ」
何か喉に詰まるものがある。それを飲み込めず、エースはただ黙ってマオの話を聞いた。
「分かるかい。思想の違え、何を善とし何を悪か据えることによって正義の色は変わる。さっき君はやつがれを無理に連れ去ろうとした不良を蹴散らした、やつがれからしたら君は善で不良は悪。でも不良たちからしたらそうじゃない」
「……」
「無理に連れ去ろうとしたという言い方も主観的すぎる。もしかすると不良たちはただ本心から一緒にお洋服屋に行きたかったかもしれない………まあつまり、そういうコトさ」
またあの歪な笑みを浮かべるマオ。暫く重い沈黙が彼らにのしかかる。不意にエースは堪えるような笑い声をあげたが、耐え切れず爆笑してしまう。何故彼がこんなにも笑っているのか理解できないマオは、ただ色の無い笑みを浮かべるしかなかった。
「お前面白えな!」
漸く笑いも収まり、目の端に溜まった涙を拭いながらエースはマオに告げる。
「お前、俺と一緒に来いよ」
「…へ?」
「俺は白ひげ海賊団二番隊隊長のエースだ!なあ、一緒に船に乗ろうぜ!」
ガッ!とマオの両肩を掴んで強く勧誘するエースを、彼女はただ静観していた。戦えなくて良い、ただ一緒に居てくれと述べるエースにマオは一つの疑問が生まれた。
「何でやつがれ?」
尤もなことを問うと、エースはまた笑った。
「決まってんだろ!お前に惚れたからだ!!」
「………、」
「あ、嘘だと思っただろ。本当だからな。お前の考え方に惚れたんだ」
一体どうすれば良いのだろうかと、珍しくマオは悩んだ。別にエースが自分に惚れようがどうなろうがどうだっていい。だが、自分の考え方を肯定されたのは初めてだった。“マオ”という存在を認めてくれたのと同義のようだと、彼女は何故か麻痺した頭の片隅で思った。
だがその時、視界の端にオレンジのツナギが入った。ツナギを着ているのは人間ではない、熊だ。彼の姿を捉えた瞬間、唐突にこの世界にやって来て出会った“彼ら”の顔が脳裏を過った。
「…やつがれ、」
何故だろうか、エースと共に行くことに躊躇いを覚える。別に行っても良い。だってエースも海賊。船上の生活を送ることに変わりはない。大した変化は無い、筈なのに。
「何か心残りがありそうだな」
マオの心情を察したのかエースは苦笑をした。それから彼は彼女の視線の先を見ると「お迎えか?」と言った。頷くと、エースは苦笑とは違う、つらそうな笑みを浮かべた。しかしそれも一瞬で、エースは彼女の横に移動する。これだと熊の彼の場所からしてエースだけでなくマオもちゃんと視界に入る。
「マオ」
エースは少し屈むと彼女の頬に手を添えた。同時に腰を引き寄せられたので彼の顔が近づく。
「……あ」
「っくく。ムード読めって。ホント面白え奴だな」
ちら、と熊の彼を見ると頬が赤くなっていた。
エースは彼の姿に満足そうな顔をすると、踵を返す。
「マオ!俺は海賊、欲しいモンは力づくで奪う…次会った時は覚悟しろよ!」
「…楽しみに待ってるヨ、エース」
「ああ待ってろ!じゃあな!」