『いつまで俺の足踏んでるつもりだ』

 第一声は、それだった。
 シャチに置いて行かれたマオは悠長に彼が行ってしまった先を眺めていたのだが、突然降って湧いた言葉に妨げられた。どうやら自分は隣に居る彼の足を踏んでいたらしく、それを彼は怒っている。成程退けてほしいのかとマオは思い足を退けた。遅せえんだよ退けるのが、と彼は苛立つ。
「ピエロ?」
「誰がピエロだ!」
 別に鼻が赤いわけでも頬に涙のマークを描いているわけでもないのに、マオはピエロを連呼する。
「お前ピエロがどんなのか知ってんのか?」
「髪が赤い」
「それだけだとお前もピエロになるぞ!?つーか俺もお前もピエロじゃねーよ!」
 彼の髪が赤色。マオの色もまた似たようなものである。
「キッド、何をしている」
 ここで第三者。ピエロ疑惑のある彼・キッドは振り向いた。マオもつい彼の視線を追う。
 その第三者は金色の髪をなびかせている。顔はどういうわけかマスクで覆われており表情は窺えない。
「誰だそれは」
「俺が訊きてえよ。そんなことよりも見ろよ、キラー」
 キラー、と呼ばれた彼はキッドの言われたまま彼の指差す場所を見る。そこにはついさっきシャチが“青雉”と呼んだ者が居る。だがさっきとは違い、彼はこちらを見て笑っていた。
 書類整理サボってラッキーだの抜かしている。音は聞こえないが唇のかたちから推測した。
「ユースタス・“キャプテン”・キッド。殺戮武人・キラー。まさかこんなとこで会えるなんてなあ」
「俺だってこんなとこでお前に会うとは思ってもみなかったぜ。青雉・クザン」
 クザンと呼ばれた男はニヤリと笑う。この男、よく見たら白服を着ている。すぐさま海軍の関係者だと分かった。
「昨日の内に火拳のエースは島を出ちまったから、どうせつまんねえんだろうと思ってたんだが…どうにもツイてるみたいだなあ」
 (なんだ、エースはもう居ないのか)クザンの言葉を聞いてマオは少しがっかりする。そんな彼女を一瞥し、クザンは会話を続けた。
「まあそういうわけだから俺と一緒に来るか、アンタらの首頂戴よ」
「断る」
「ちえっ、しょーがないなー」
 瞬間、周囲が一斉に凍りだす。クザンの能力が初見のマオは興味深そうにその氷を見つめている。なんて馬鹿な女なんだとキッドは驚く。危機管理能力が無いのか、はたまたただ呆けているだけなのか。
 マオを助けるつもりなど無いがこのままのわけにもいかずやきもきしていたその時、不意に彼女は右手を突き出した。一体何を、問おう口を開いたその時、マオの手は淡く輝いた。
「赤火砲」
 耳慣れぬ単語を口にしたと思えば、刹那には彼女の掌から赤い火の玉がクザンに向かって突撃していた。勿論、マオに向かって来ていた氷たちは無残に溶けている。
 (何…しやがった…!?)最初に思い浮かんだのは能力者。
「…っぶねー…そこのお嬢さん、アンタらの仲間か?」
「知らないな、初対面だ」
「海軍に向かっていきなり攻撃してくるなんて中々イカれてるね」
「アンタは俺ら諸共そこのイカれ女を殺ろうとしたけどな」
 呑気に会話をしているが、クザンの背後にある森は赤火砲により燃えている。早く消化せねば町にも被害が被るだろう。どこからか悲鳴も上がっている。早々に事を片付けねばいけないようだ。
「参ったなー。お嬢さん名前は?」
「マオだよ」
「なに素直に教えてんだよ!?」
 思わずキッドがつっこむも、マオは無反応である。
 「マオちゃんね、そっかそっか」クザンは独り言のように彼女の名を口の中で転がす。そして頭を乱暴に掻くと背を向けた。
「帰ンの?」
「そ。今日は会えて良かったよ、マオちゃん」
「ンじゃあやつがれも帰ろうっと」
「待て待て待て」
 踵を返して帰ろうとするマオに手を伸ばす。しかしキッドの手は空を切り、肩に僅かな重みを感じた。
 トッ。軽い音。視界の端には、白いフリル。ほぼ反射でキラーがマオに刃を振りかざした。だがそれはキッドの手と同じように空を切る。気配は既に、彼らの背後にあった。
「バイバイ。えっと…ユウチャン?」
「誰がユウチャンだッ!!」
「じゃネー」
「待ちやがれオイ!」
 追いかけようとしたがあっという間にマオを視界から失う。茫然と立ち尽くしかなかったキッドだったが、不意にキラーに肩を叩かれハッとした。
「あの女のことは気になるが、とにかく一度船に戻ったほうが良さそうだ」
「…チッ」
 悔し気に顔を歪ませるキッドを宥め、キラーは先を促す。後ろ髪を引かれながらキッドは湾岸に向かった。