「終わったのか?」
 ピタリ。足が止まる。視線だけ向ける。目立つ赤い髪が印象的だ。
「…何故ここに居る。赤髪屋」
 赤髪海賊団船長であり四皇の一人・シャンクス。彼は副船長のベン・ベックマンを従え、愉快そうに笑みを湛えていた。
「いやぁたまたまだって。なんか海軍が騒がしいし何かあったのかと思って来てみればそこは血の海。若いって良いなぁ」
「言っておくが……あそこを血の海にしたのは俺じゃねえぞ」
 ムッとした表情で言ったローに、シャンクスはキョトンとした。「え、違うのか。じゃあ誰がやったんだ?」無遠慮に訊くその姿勢にローは苛立つ。誰だって良いだろと吐き捨て、再び歩む。
「…お、もしかしてこの娘(こ)?」
 ピタリ。再度、足が止まる。
「キシッ」
「おいおい太もも怪我してんじゃねえか。ちゃんと手当てしろよ?」
「おっさん誰?」
「おっ…!?ゴホン、いいか?“おにいさん”はシャンクスっていうんだ。お嬢さんは?」
「やつがれは、」
「おい行くぞ」
 わざわざ名乗らせる必要などない。マオの言葉を遮るが、どういうわけかシャンクスは妙に余裕ぶった笑みを浮かべている。待つつもりも無く歩き始めると、数拍遅れてマオも歩き出した。それに同調してシャンクスも倣う。何でお前まで来るんだと腹の中で文句を言ったが、もう声に出すのはやめた。
「お嬢さん強いの?」
 そんな彼の悶々とした感情を知ってか知らずか、笑ってシャンクスはマオに問いかける。マオは迷うこと無く「強いヨ」と断言した。先程の血の海を作ったのも自分だと吐露し、まったくもってつまらなかったと愚痴った。
「…お嬢さんはルーキーくんとこのクルーなんだよな?」
「キシッ…」
「いや、なんというか、雰囲気がそうじゃないっていうか……腹の探り合いしてる感じがしてさ」
「当たらずとも遠からずって感じ」
「なあ、仲間なんだろ?」
 シャンクスは目を鋭くする。大人の目だと、マオは思った。
「…他人があれこれ言うのもどうかと思うけどよォ、仲間なら、ちゃんと腹割って話し合いなさい」
「……ナカマ、ね」
「そ」
「…言うのは簡単だヨ。ナカマナカマって。ヒトは脆い。そうやって隙を見せてると、いつか首取られちゃうヨ。アンタもその内、」
「俺の仲間が俺を裏切ると?」
「可能性はゼロじゃない。目に見える裏切りなんかたかがしれてる。本当の裏切りってのは、そう簡単に見えるモンじゃない。まさかコイツが?ありえない、っていうくらい、意外性を持ってるのサ。本当に狡猾な奴は尻尾を出さないからネ」
 キシッと笑うマオを見つめる彼の表情は、笑顔ではない。怖いくらい真面目な顔だ。やがて息を吐く。表情は真面目なものから苦い微笑へと変わっていた。
「確かにお嬢さんの言うことにも一理ある。綺麗なとこだけ見ていたら痛い目に遭うからな。けどよ、人を信じられなくなったら、それこそ人は生きられないだろう。孤独は寂しいぜ?」
「……、」
「仲間ってのはな、利害の一致で一緒に居るモンじゃねえ。無条件で力を貸してあげたい、この人の為に何かしてあげたいとか、そういう相手の幸せを互いに願い合って、相手が道を踏み外せば受け止め、それを正すことのできる関係のことを云うんじゃねえかなぁ」
 そう言う彼の横顔は、驚くくらい穏やかなものだ。背後に居る副船長は何も言わず、煙草をふかしている。ただ黙って聞いていた。
「…ルーキーくんはきみのこと、仲間だと思ってるんじゃないのか?」
「そうかナ」
「そうさ。そうじゃなきゃ自分の誇りをきみに背負わせたりしない」
 シャンクスはマオの背にデザインされているマークを一瞥し、微笑んだ。
 おいいつまでついて来やがる気だ。不意に前を進んでいたローが立ち止まり、不機嫌そうにシャンクスを睨む。彼の表情にごめんごめんと詫び、シャンクスは踵を返した。
「ま、待ちやがれぇ!」
 とここで、見慣れた白服が前方を塞ぐ。懲りない奴らだなあとマオはのんびり考え、再び抜刀しようとする。しかし大きな手に遮られてしまった。「お頭に任せときな」遮ったベックマンが述べる。仕方ないので静観すると、シャンクスは特に何もしていないのにバタバタと白服は倒れていくではないか。これにはマオも興味をそそられた。何したの、と訊ねると覇気を使ったんだろと返事がきた。覇気というものが何か分からなかったが、とにかくマオの気持ちは良いものに変わっていった。
「…く、そぉ」
「驚いたな、動ける奴が居るのか」
 千鳥足で立ち上がる彼に、ベックマンは少し目を見張った。だが剣を取る力は残ってないらしい。立ち上がるので精一杯のようだ。
「お頭、もう良いだろ」
「そうだな」
 しかしその時だった。何もしなかったマオが不意に指先をシャンクスのほうに向けた。
「白雷」
 直後、指先から雷が放出され、背後に居た白服が倒れた。
「戦いを挑まれたのならキッチリ殺せ」
 淡々と、マオは告げる。
 茫然とする二人を気にせず、それまでじっと見つめていたローは「早くしろ」と急かす。それじゃあねとマオは手を振り、今度こそローの後を追った。
「お嬢さん!あんた“死神”なのか!?」
 動揺を含んだシャンクスの問いに、マオが答えることは無かった。