「やだあぁぁああぁあ!!キャプテン助けてええぇええ!!」
「あむあむあむあむ…」
 一瞬、他人の振りをしようかとさえ考えた。船員のベポはどういうわけか正体不明の少女に頭を噛みつかれている。何故こんなことになったのか、ローは知恵を振り絞ったが答えが出ることはなかった。
「………おい」
 が、いつまでもこんなことをしているわけにはいかない。ローはなんとか正気に戻り、抜刀して少女の首に鋒を添える。そこでやっと彼の存在に気づいたのか、少女はローに目をやった。
 見つめ合う、二人。
「ふざけるのも大概にしろ。お前は賞金稼ぎか?」
「しょーきん、かせぎ?」
 何それ、と首を傾げる少女。
 その刹那、ドタドタと慌ただしい音が廊下から響いた。その足音は自分たちが居る部屋で止まったかと思えば、次は大きな音を立ててドアが開かれた。
「い、今ベポの悲鳴が!?」
「なななな何やってんだ!!?」
「見てないで助けてぇえぇぇ!!」
 部屋に入ってきたのは船員のシャチとペンギンだ。経緯を知らないため、二人は頭をかじられているベポをただ見つめるしかできない。尤も経緯を知っていたとしても理解し難いだろうが。
 ローは溜息をついて少女に降りろと言う。すると案外素直に少女はベポの肩から降りた。
「お前は何者だ」
「やつがれはやつがれだよ」
「…海軍の者か?」
「カイグンって何?」
「………お前の名は何だ」
 額を押さえたくなるのを必死で堪え、ローは名を訊ねる。少女は薄く笑った。

「マオ」

 マオ…聞いたことのない名だ。おそらく賞金稼ぎでも海軍でもないのだろう。少女・マオの言っていることはおそらく本当のことだ。とはいえ彼女が怪しいことに変わりない。
「じゃあお前は一体何なんだ」
「何って?」
「どうやって船内に入り込んだ。何故お前は怪我をしていた」
 ローの厳しい目に船員は慄いたが、マオはまったく気にすることなく口を三日月にして彼を見返している。肝の太い者である。
 やがてマオは合点がいったのか「おおーっ」と声をあげてから柏手を打つ。次の瞬間、ローの視界からマオが消えた。
「やつがれの斬魄刀はっケーん!」
「ッ!?」
 声は、背後から聞こえていた。咄嗟に刀をそちらに振り下ろす。しかし先程と同じようにマオは消えてしまった。そして彼女はローの隣に立っていた。彼女の手には、刀が。
「っシャチ!」
「す、スミマセン!!」
 彼女の刀を預かっていたシャチは、一体いつ取られたのかさっぱり分からなかった。
「これやつがれのだから返してナ」
「…嫌な奴だ。お前は俺たちの敵か?」
「? やつがれは敵じゃないヨ」
 当然のように言ってのけるマオにローは困惑した。敵ではないのなら何故自分の船にやって来たのか。と、疑問を浮かべれば、
「うーン、やつがれ、何でここにいるンだ?」
 マオはとんだ爆弾発言をした。
 呑気に首を傾げるマオに、ローはつい青筋が立った。船員たちはそんな対照的な二人にハラハラである。
「ここどこ?」
「俺の船の中だ」
「船?やつがれ、船に乗ったの始めてだ」
「そうかよ。じゃあもう出て行ってくれ」
「やつがれも早く瀞霊廷に帰りたい」
 ここでベポが不思議そうに「……せいれいてい?」と反芻する。するとマオも何がおかしいのとばかりに頭を傾けた。
「その“せいれいてい”ってのは何だ」
 ローもその単語を耳にするのは初めてだったので訊ねる。するとマオは更に頭を傾けた。もう肩に耳が付いている。奇妙な体勢である。
 瀞霊廷は街の名前だと教えられたが聞いたことない。と、ここで先程まで顎に手を添えて思案していたローが、パッと顔をあげる。