「…前に一度、本で読んだことがあるんだが」
 その言葉を皮切りに、ローは話し出す。
 昔読んだその本は歴史書だった。その本のあるページには印象的な出来事が載っていた。なんでも数年に一度、“異訪人”という者が現れると記されていた。その人物は自分たちの存在する世界が関わることのできない遠い遠い場所からやって来るらしい。
「ぇええ…ま、まさか…」
「可能性はある」
 噛み合わない常識が良い例だ。たとえどんな箱入り娘だったとしても海軍を知らないなんて、この世界の人間ならあり得ることだろうか、いやあり得ない。
「でも、それじゃあ君、帰るところが無いってことだよね?」
 不意に、ベポが呟く。その事実は彼に言われて漸く気づいたらしくマオは、ああ確かにと笑みを深くした。
 キャプテーン…、とベポはローに視線を送る。彼の言いたいことを察したローは眉根に皺を作った。首を横に振ると、ベポは顔面蒼白になった。
「お前さっきこいつに食われそうになったんだぞ。何でそんな奴に助け舟を出そうとする?」
 そう、ベポは自分に噛みついてきた少女をここに置きたいと願っているのだ。理解し難い感情である。
 ベポが言うには彼女は敵ではないから、何も知らない彼女をどこかに放ってしまうのは些か非情ではないのかと言う。加えてここに現れたのも何かの縁だと言い出す。縁、と言われればまあ確かにそうだが…とローは思うがそれでも彼女が本当に敵ではないという保障はどこにも無い。
 そんな中、外が騒がしいことに気づく。するとすぐに船員の一人が部屋にやって来た。敵襲らしい。ここでピンと思いつく。おい、とローがマオに声をかけると相変わらずの張り付いた笑顔で彼を見ていた。
「お前、戦えるか」
 訊ねるとマオはうんと頷く。
「今からお前一人で敵と戦ってもらう。実力持ってたらここに置いてやるよ」
「ええ!?ちょっとキャプテン!」
「うるせえぞベポ、お前が置きたいって言い出したんだろうが。このくらい目を瞑れ。大体海賊に入るんだったら戦えなきゃ駄目だろ、足手纏いは必要無い」
 そう言うとローはさっさと甲板へ向かう。ベポの頼りない声が背後から突き刺さってきた。
 一方当の本人であるマオは非常に安定した表情でローについて来ていた。余程腕に自信があるのか、それとも現状をあまり理解していないのか。まったくもって読めない女である。
 ねーねー。ローの背中にマオは呼びかける。何だ、とローが返すと彼の傍らからひょっこりとマオは顔を出した。

「カイゾクって何?」

 今度こそローは、額を押さえた。