「ど、ど………ドストエフスキー」
「いや誰だそれ」
 某日、囚われの身となってしまったマオは、部屋に遊びに来たドフラミンゴの相手をしていた。
「オマエの名前」
「ドしか合ってねえじゃねーか」
「キシッ似てる」
「似てない」
 ドフラミンゴはコーヒーを飲み干すと、新しい飲み物を出すべく立ち上がった。「何かいるか?」「要らないネ」マオは相変わらず彼の意図が図れずにいた。別段拷問をするわけでもなく、かといってローの情報を巧みな話術で引き出そうともしない。こうしてただ下らない雑談をしては帰っていく……そんな日々を送っていた。
「オマエ何がしたい」
 いい加減焦れったくなり、マオは単刀直入に訊いた。
 ドフラミンゴはマオの核心に迫る質問にニヤリと笑った。子供みたいな無邪気な笑みだ。
「……一つは、死神ってのがどんなのか間近に感じてみたかった」
「二つ目は?」
「お前を懐柔したい」
 しん、と辺りが静まる。
「―――無理だネ」
 やがて、マオは答える。
「オマエみたいなのに付き合えるほどやつがれ暇じゃない。金魚と戯れてなヨ」
「フッフッフ!ローが気に入ったのか?」
「やつがれ、借りは返す」
 借りたものは早々に返すべきだと、我が隊長は言っていた。ローにはまだ何も返せていない。
「その借りってのは具体的にどう返していくつもりなんだ?」
 その唐突な問いにマオは眉根を寄せる。そんなもの、まだちゃんと考えていないからだ。取り敢えず、借りたままではいつかそれが弱味になるから、放っておくのは賢くないと教わったのだ。具体的な返し方などマオは知らない。
「“異訪人”ってのは、来た時と同じように自分が望んだタイミングで元の世界に帰れはしない」
「………」
「中には一生帰れねえ奴もいるが…俺が確認した限りでは一人を除いて全員元の世界に帰った」
 その一人というのが、あの時の服屋の老婆であることをマオは知らない。
「しかもそいつらは“ある日突然何の予兆もなく”帰った」
 ニヤニヤ。ドフラミンゴは意地悪そうに口角を上げる。