「おい、何してんだ」
 翌朝、ルフィたちの検診を終えたローは、死神について早速マオに聞きに行くことにしたのだが。
 食堂にいるとシャチから聞いて踏み入れたところでキッチンから物凄い音が響いてきたのでそちらに足を向けた。中には包丁を持ったマオ、驚愕の表情のシェフ、一陣の縦傷が目立つワークトップがあった。
「どういうことだこれは」
「い、いや船長…これはその…」
「こいつが脆いんだヨ」
「バカマオ!普通の人間は包丁突き立てたくらいで設備が大破したりしねーよ!」
 成程、マオが破壊したのか。それにしたって包丁一つでここまでキッチンを破壊できるのもある意味ですごい。無駄に修繕費がかかるなと溜息をつき、マオにちょっと付き合えと声をかける。マオは面倒そうに肩を竦めた。
「死神のこと?」
 ローの自室に連れ込めば彼女は開口一番そう言った。
「分かってんじゃねえか」
「ヤレヤレ、仕方のない人間だネ」
 そうして大袈裟に溜息をつくと、彼女は無遠慮にローのベッドに座り“死神”について語り出した。
 曰く、死神は人ではなく言葉通り霊的なもの。人間を虚という悪霊から護る為に存在している。また、世界の均衡を保つ役割も果たしているらしい。
(何だそりゃ…)
「ア、信じてないカオしてるネ」
 これはホントの話、とニヤつくマオに睨みを効かせ、暫し一考する。
 どうやら世界の基盤そのものが違いそうだ。幽霊といった人ならざる者も偉大なる航路には点在しているようだが、死神のような世界の楔を護る重要な存在などでない。むしろ彼らは少数派で、恐れられる者だ。反射的に否定しまったが、世界の調整という大義に携わっているならマオのあの回復力や戦闘力の高さも頷けるし、浮世離れした雰囲気にも納得だ。
「お前が人間じゃねえってのは理解した」
「そうかヨ」
「で、世界の均衡を保つなんてデケえ口叩いてんだから、二つの世界を股にかける事案をどうにかすることだってできるんじゃねえか?」
「さあ、それはどうだろうネ」
 そこでマオは珍しく不満げな顔をした。
「そもそもこんな目に遭ったの、やつがれが初めてじゃないノ?魂魄が頻繁に別の世界に飛ばされるなんて異常、技術開発局が捕捉してないわけがない」
 死神が既に一人死んでいることを、ローは告げるべきか迷った。
「マァ来られたってことは向こうに帰れる可能性はあるってことだヨ。そこまで悩む必要なんてないじゃん」
「…!」
「エ、何」
 一瞬の動揺も見過ごさなかったマオが、怪訝に眉根を寄せて問う。
「……いや、何でもねえ」
 マオは納得していないように首を傾けたが、余計な言葉は控えるとじゃあネと言って退室した。
「………」
 ローは気づいてしまったのだ。
 無意識に出た、彼女の本心。彼女がここを一時的な拠り所として認識していることを。
 マオが、元の世界に帰るつもりでいることを。