エースは動かない体を叱咤し、咄嗟に顔の前に両腕をかざす。マオの刀は顔のギリギリ、真横の地面に突き刺さった。
 静寂。
 やがて、マオが溜息をついた。
「……殺される度胸もナイ、自刃する度胸もナイ、麦わらたちが何の為にオマエを助けに来たか考える気もナイときた」
「…!」
「オマエがそんな腑抜けた奴だとは思いもしなかったヨ」
 彼女は嘲りを込めてそう言うと、さっさと納刀した。
「死にたきゃ一人で勝手に野垂れ死にナ。オマエの仲間が犬死になろうがやつがれの知ったことじゃないからネ」
 吐き捨てるように述べて彼女は退室した。茫然としているエースとルフィを一瞥し、ローはその後ろを追う。
 彼女の華奢な背中からは不機嫌な空気が漂っていた。
「とんだお節介焼いたな」
「オマエの所為だヨ。やつがれに丸投げするから」
 声をかければ予想通りその不機嫌な棘がローに突き刺さる。この後エースがどうなろうがお前の責任だぞと、暗に告げていた。「まあ心配すんな」払拭するようにローは続ける。
「少なくとも医者のいるこの艦内で自殺なんかできねえよ」
「どうだかネ」
「お前を助けた医者の腕が信用できねえのか」
 最初の彼女の姿を思い浮かべ、我ながらよくあんな状態で回復させたなと自画自賛する。彼女自身の回復力の高さにも舌を巻いたものだ。
「で、やつがれに何か用?」
 いつまでもついて来るローを不審に思ったらしく、マオは眉根を寄せて問うてきた。
「死神の力ってのは何だ」
「ア?」
 何のことだと言わんばかりの返しである。「麦藁屋との会話」手短に告げれば、ああ、と大仰な態度でマオが思い出す素振りを見せた。
「別に大したことじゃ…」
「俺にとってはそうじゃねえ。隠すな」
「…キシッ、ナニナニ?なんか怒ってんノ?」
「別に怒ってねえよ」
 ただ、どうしてそういう大事なことを報告しないんだと、解せないだけだ。会話から察するにマオは彼の命を繋ぐ為に死神の力とやらを注ぎ込んだのだろう。それを行って彼女自身が無事なのか、ローには判断がつかない。だから教えてほしかったのだ。死神について、マオについて。
「俺は死神について無知だ。だから教えてくれ」
「わざわざ教えるほどのモンでもないのに?」
「クルーについて船長が知りたがるのはおかしいか?」
 そう問えばマオは観念したように眉をハの字にして笑った。
「いいや、おかしくないネ」