「良かったね、マオ」
 船の中に入り姿を消したローを暫く見つめていたベポだったが、顔をまたマオに向けにこりと笑ってみせた。
「くまおにぎり…」
「いやおれの名前、ベポだからね?」
「つかくまおにぎりって何だよ」
 つっこむシャチを気にせずにマオは断りも無く堂々とベポの肩に乗る。また頭を齧られるんじゃないかとベポは冷や冷やしたが、ただ単に頭を撫で回されただけであった。
「船内を案内してあげるよ」
「案内案内っ」
 マオを肩に乗せたままベポは船内を案内する。途中、天井や塀にマオが頭や額をぶつけたりしたが、なんとか無事に全ての部屋を案内し終えた。
 そしてベポはローの部屋の前でマオを降ろす。
「マオの部屋はキャプテンが決めるから、キャプテンに訊いて」
「あーい」
 それじゃあね、と手を振ってベポは踵を返す。ベポを見届けてからマオはノックもせずにドアを開けた。案の定、少し不機嫌そうな表情をしたローが椅子に腰かけていた。ノックくらいできないのかと言いたげな彼に構うことなく、マオは無遠慮に室内を眺めた。だが特別惹かれる物も無かったので最終的に視線はローで落ち着いた。
「…お前の部屋は俺の隣だ。何かあれば来れば良い」
「うぬ」
「それから…ちょっとこっち来い」
 ちょいちょいと手招きをし、眼前にマオを立たせるロー。すると彼はジロジロと彼女を見つめてからメジャーを取り出した。何をする気だと首を傾げれば、寸法を測ると言い出した。服を買ってくれるのか。ちょっとだけ意外である。
 計られるくらいなら別に嫌な気もしないので、マオはローがメジャーを持って身体を測っていくのを黙って見ていた。手際良く測り、メモをしていく。紙を覗けば見たこともない文字が書き連ねてあったので読めなかった。
 測定には十分もかからなかった。さっさと測り終えたローはもう用事は無いから早く出て行けと言わんばかりにシッシッと手を振った。自分勝手だなあとマオは思いながらも素直に従う。部屋を出てもやることが無いので、仕方なくマオはあてがわれた隣の部屋に入った。机、椅子、ベッド。必要最低限の物しかなかったが今のマオにとってはそれだけで充分だ。マオは白衣を脱いで、黒い着物のままベッドにダイブする。すると疲れが溜まっていたのか珍しくすぐに意識を手放したのであった。


 隣の部屋のドアが閉まる音がする。ローは彼女が部屋に入ったのだとすぐに分かった。丁度その時、コンコンとノック音が響く。入室を促すと船員のペンギンが入って来た。
「どうした」
「…どうしたもこうしたも、良いのですかこれで」
 チラ、とペンギンは壁を見つめる。否、正確には壁の向こうに居るマオを見つめているのだろう。
 ペンギンは声を落として更に続けた。
「確かに戦えるけど、あんな危険な奴置いておくほうが逆に危なくないですか」
「そうだな」
 流されたような答えに、ペンギンは言葉が詰まる。まさか、と思い冷や汗が額に浮かんだ。
「面白いから置くことにしたとか言うんじゃないでしょうね?」
「…くくっ」
「船長!」
 ペンギンの言う通り、確かに彼女は危険だとすぐに悟った。あんなに猟奇的で、いかにも殺人を楽しんでいる風な殺し方を目の当たりにすれば誰だって彼女を遠ざけようとするだろう。だけどローには、とてもそれだけとは思えなかったのだ。あの異常な感覚、手術痕、異訪人……どれもローの好奇心を駆り立てるには充分すぎた。
「心配するな。俺はあんなイカれた奴に殺られる程弱くないし、お前らを殺させはしない」
 そんなことを言われては黙るしかない。不貞腐れたように口許を歪めるペンギンに、ローは喉で笑った。
 彼女の参加にまだ納得していない者が何人か居ることくらい、ローも理解している。だがそれを押し切ってでも彼女を目の届くところに居させたい衝動が、自分の中にあった。それは本当に単純な好奇心か、それとももっと別の何かかは、本人たるローも分からなかった。