「ぎ、ぐ」
「…お前、へたくそだな」
 手中の米の集合体と格闘するマオをローは半目で見る。マオの手中の米は固まらず、指にくっついたりバラバラと零れたりしている。そんな様子では無論、綺麗な三角になりはしない。
「違う、右手の腹と左手の親指の付け根で挟むように三角形の辺を作れ」
「ん?」
「ここだ」
 位置が合っていない指を直し、握り直させる。キュ、キュと綺麗に三角を作ってゆくローの手をまじまじとマオは見つめ、それに倣った。
 先程よりも幾分かマシな形になったものの、彼が作ったおにぎりとの出来を比べればまだまだである。その事実にローは鼻で笑うとおにぎりを一つ取って食べた。
「やつがれの!!」
「うるせえ。まだあるだろうが」
 今にも飛びつかんばかりの彼女に背を向け、むしゃむしゃとローはおにぎりを咀嚼する。その背中にやがて諦めがついたのかマオも自作のおにぎりを食べた。
 なんだかんだで、コミュニケーションが取れている二人なのであった。



 昼過ぎ、やることのないマオはベポで遊んでいた。マオは始終笑顔なのだが、ベポは割と本気で嫌がっている表情をしている。しかしながらそれさえもマオを楽しませる要因にしかなっていない。 
「ベポおもしろーい!」
「おれは面白くなーい!」
 マオを肩車したまま甲板を走り回るベポは、今にも彼女を振り落しそうな勢いだ。だがマオとしてはもっと早く走ってほしいらしく、もっと早く!と彼に言っている。
そんな二人をまじまじと見つめる視線があった。
 PENGINとプリントされた帽子を被っている、ペンギンである。彼は物陰からこっそりと二人を覗き見ている。いや、正確にはマオを見つめているのだ。
 (どうしてキャプテンはあんな…)もやもやした思いを胸に抱きながら、ペンギンは一人と一匹のやり取りを見つめる。
「ベポ!あそこにニンゲン居る!」
「へ?…あ、ペンギンだー」
 予兆も無く、マオはペンギンを指差した。どうやら最初から気づいていたらしく、振り向いた途端驚く様子も無くそう言ってのけた。
「…気づいていたのか」
「おれは今気づいたよ!」
「キシッ、キシシッ」
 嫌な笑い方だと、ペンギンは眉を寄せる。
 「あ!そういえばおれ、洗濯物干すの忘れてた!」不意にベポはピンと背筋を伸ばしてそう叫ぶと、慌てて船内に戻って行った。え、まさかの二人きり?とペンギンは冷や汗を流す。横を見るとマオが自分を凝視していた。
今日は言わなければいけないことがあるのだ。
 喉が詰まる。視線が痛かった。

「…俺、は」

 言え。言ってしまえ。

「………俺は、お前を認めない」

 やっとの思いで言ったにも関わらず、マオは彼の発言に特に何も示さなかった。“ギュウ”。ペンギンは彼女の視線に心臓を掴まれた気分だ。
「勿論キャプテンがお前をクルーとして認めるのは、異議ない。キャプテンがそうするなら俺はそれを受け入れる。だけどそれはあくまで“クルーとして”だ」
「……」
「俺個人では、お前を認めるわけにはいかない。俺はお前が分からない、お前が俺たちに危害を加えるのか否か、それさえ分からない」
 だから、とペンギンは続ける。
「俺はお前を“視て”みようと思う」
「…?」
「キャプテンが認めると言った相手だ。きっと何かあるんだと思う。俺はそれを理解してみたい。…何も知らずにお前を否定するなんてことは、したくない」
「……よく、ヘンな奴、って言われない?」
「言われたこと無いな」
「うっそだー」
 キシッ。またあの不気味な笑みを浮かべるマオ。普通に笑ってみたら案外可愛いんじゃないのかと、頭のすみで考えた。
 ペンギンは視線を海にやる。
「ま、そういうことだ。一応お前に敵意を示すつもりな無いが…妙なまねしてみろ、その時はお前を敵として処理するからな」
「キシッ。やれるモンならやってみろ」
「言ったなテメェ…」
 ケタケタと笑ってマオはペンギンに背を向ける。「…お前がやつがれを襲ったら、お前の目玉貰ってやるヨ」最後にとどめの言葉を刺して、マオは船に戻った。
 取り残されたペンギンは、引きつった笑みを浮かべた。
「…上等だ、このやろう」