――「行ったか」
 黒い穴を遠くから眺めていた。それが閉じ、皆が捌けたところでローは砂浜に立ち寄った。ここにいるのはテンガロンハットを被ったエースだけだ。他のクルーは出航の準備をしている。
 エースは何故か浅瀬に座り込んでいた。
「お前何で会わなかったんだよ」
 ローを見ずに問いかけてきたエースのそれには批判が込められていた。
「…別に何だって良いだろ」
「意外と繊細なんだな」
「うるせぇ。後腐れなく別れる為だ」
「お前が、か?」
 案外突っかかってくる彼を意外に感じる。同じ海賊であれば出会いと別れの儚さをよく理解しているとばかり思っていた。しかし彼は今、マオとの最後に立ち会わなかったローを責めているように見えた。
「会わないほうがいい」
 ぽつりと呟いた言葉は、波の音に掻き消される。
「会わないほうが、よかった」
 浅瀬に腰を下ろし続けるエース。彼のズボンは海を吸い込んで色が滲んていた。以前の彼では踏み込めなかった領域。
 波が緩く歩みを進める。引いて、進み、引いて、また進む。波の先がローに触れることはない。透明な壁があるかのように、不思議と波はある一定の境界を越えて来ない。
 そちら側に、ローは行けない。
「大丈夫だ」
 そう言ってエースは振り返った。その相貌に困惑や不安はない。あるのは、ただ穏やかな笑み。

「どこにいても仲間だから」

 心臓を掴まれた気がした。
 ローは思い出した。彼女の華奢な背中を。血糸を追う金の視線を。目玉を差し出す指先を。刀を振り下ろす腕を。米粒がついた彼女の柔らかな頬を。海風に揺蕩う茜色の髪を。
 マオを信じ切れていなかったのは、他でもない自分自身だった。
「………ふ」
「なに笑ってんだよ」
「いや…」
 それをこの男に知らしめられるとは。なんとも屈辱的だが、不思議と不快な気持ちは少なかった。
「キャプテン!そろそろ出航時間です!」
 背後からペンギンの声がかかり、振り返る。「お前はこれからどうする」そのままエースに訊ねた。
 世間の認識では彼は行方不明扱いだ。海軍も生死を把握できていない筈である。このまま残存する白ひげ海賊団と合流するも良し、一人で放浪するも良し、あるいはまったく新しい海賊団を作り旗揚げするのも良し。“火拳”が死んだことにより、エースは皮肉にも自由を手に入れたのだ。
 ローの当然の問いに彼は笑みを作る。
「お前らの船に乗せてくれ」
 予想の斜め上を提案してきた。つい押し黙るが、エースはそのまま言葉を続ける。
「マオにあんたを託された」
「は?」
「あいつなりのケジメだってよ」
 寝耳に水の言葉に目を見開く。
「だから、これからはあいつの代わりに俺がハートおまえらを護るよ」
 ローは暫く沈黙していたものの、やがて気を抜いて苦笑した。
「護られた覚えなんてねえよ……バカ」
 その言葉にエースの目尻がキュッと弧を描く。太陽の反射からか、そのは金色に染まって見えた。