マオがハートの海賊団に入って二日後、彼らは島に上陸した。そこは比較的他のところよりも栄えており、尚且つ緑豊かな島であった。ログが溜まるのは三日。それまで物資を補給したり島を探索したりすることに決めた。
「お前はこっちだ」
 初日、ローはマオを連れ街中へ入った。二人の後ろからベポとシャチがついて来る。なんでも“もしもの時”の為らしい。それが何なのか、ついて来いと言われた二人はさっぱり分からなかった。
 ローがマオを連れ出したのは至極単純な理由、彼女の日用品を揃えるためだ。彼は適当な店に入り淡々と買い物を済ませた。取り敢えず買っておけみたいな服の選び方だったので、どれを買うかはベポとシャチが見て決めた。
 そんな中、ベポはある洋服に目がいった。
「ねえねえこの服マオに合いそうだよ!」
「うーン?」
 偶然近くに居たマオ本人が、ベポの指差す洋服を見る。試着してみてよ!と目を輝かせながら期待するベポにマオは薄く笑った。
「おいそろそろ出るぞ」
 そんな彼らの会話など露知らず、会話から数分経過した折、ローは姿の見えぬ彼らを呼ぶ。しかしながら応答は無い。この店は何気に大きいし服の量もかなりある。もしかして聞こえなかったのだろうか。ローのそんな考えに気を利かせたのかシャチが奥に探しに行ってくると言って中に入って行った。仕方ないな、とローは軽く息をついて壁に背を預けた。
 マオたちを発見するのに時間はかからなかったらしい。壁に背を預けた直後、シャチの「どうしたんだよそれ!!」という喜びと困惑が入り混じった声が聞こえてきたからだ。何があったのか気になったので、半分面倒だという気持ちを背負いながらローは奥へ足を進めた。
「おいなに騒いで…」
「キャプテンこれどう!?すごく可愛い!」
 ベポに言葉を遮られ、怪訝ながらも目の前の人物を見やる。瞬間、呼吸が止まった。
「………お前」
「キシッ」
 目の前に立っているのはマオなのだがマオではなかった。彼女は白いツナギではなく、全体的に黒を基調としているが白いレースやフリル、リボンに飾られ、スカートはパニエで脹らませた華美な洋服を着用し、白靴下に厚底のワンストラップシューズを履いている。頭には黒薔薇の飾り。これがまた彼女の茜色の髪と合う。
「何だその格好…」
「可愛いでしょ!おれが見つけたんだ!」
 えっへんと胸を張るベポを見やる余裕も無く、ローはただマオを見つめることしかできなかった。
 確かに可愛い。意外にも似合っている。だが驚きのほうが優っていて何とも言えない気分になった。
「ねえキャプテン、これも買って良いでしょ?」
「そうですよ!やっぱ女の子には可愛いカッコさせてあげたいし!」
 ベポはともかくシャチは下心丸見えだ。
 似合っているもののこんな動きにくそうな服を買ったところで、だ。ローは不機嫌そうに眉を顰めたが、マオが興味深そうにリボンやレースを触っている姿を見ると今更買わないとは言えない。
 はあ、と本日二度目の溜息。「もう一度着替えるのは面倒だろ、そのまま出るぞ」投げやり気味に言って、さっさと店員に金を支払う。店員は眉を顰めているローに少し笑った。可愛らしい服を揃えているこの店には不釣り合いな、しわがれた笑みだった。
「やったなあマオ!」
「可愛いよ!お姫様みたい!」
「オヒメサマ?言われたの初めて、キシッ」
「(お姫様はそんな気味悪い笑い方しねえだろ…)おい、ちゃんとついて来いよ」
「アイアイ!」
 何かイベントがあるのか街は騒がしかった。人通りも多く、昼間から酒を浴びている者もちらほらと窺える。
「ベポ、シャチ、あいつがはぐれないように……」
 このままベタな方向に進ませるわけにいかない。こういう時の為に彼ら二人を連れて来たのだ。割と安心して背後を振り返ったのだが、自分の詰めの甘さに辟易した。
 自分の背後をついて来ていた筈の三人、全員の姿が消え失せていた。