THE ROCK'N'ROLL

 なんやかんやで言い包められてしまい…というかほぼ拉致に近い状態で連れて来られたのは、ジャパニーズカルチャー溢れる場所だった。日本家屋や日本庭園を見るのは初めてだったから思わず周囲をまじまじと見回してしまった。ここの建物は妙に古びていてオバケでも出そうな勢いだ。日本の建物とはそういうものなのだろうか。初見である名前には分からなかった。
 連れて来られて置き去りにされた名前と鳴狐は、これから何をすれば良いのか分からなかったので取り敢えず門前で立ち止っていると、ぴょんっと何かが出てきた。
「初めまして審神者殿!わたくし、この本丸の担当者であるこんのすけと申します!貴女様のサポートを致しますのでよろしくお願いします!」
 裏路地で出会った管狐とそっくりだが、機械的なあれと性格が全然違う。
「いやぁ〜助かりました!貴女様が来なければこの本丸は取り潰しになっていたところでございます!何卒、再建してくださいますよう…」
「どういう意味だ?」
 取り潰しだの再建だの、何も聞いていない。トリガーに指を引っ掛けながら問うと「そっそんなに殺気立たないでくださいよ!」とこんのすけが狼狽えた。
「実はですね…」
 冷静になったこんのすけ曰く、この本丸(所謂アジト)は初代審神者の無理な命令故に刀剣男士が疲弊し、それに耐えきれず彼らが謀反を起こして初代を殺してしまったらしい。これにより政府はこの本丸をブラック本丸だと認定し、再建を図るべく何人もの有能者を派遣したものの、どれも失敗に終わった。ある者は心を病み、ある者はベッドから起き上がれなくなり、ある者は死に追いやられてしまったそうだ。
「…私、何も知らされずにここに入ろうとしてたのか」
「せいふとやらも非情ですねえ!」
 キツネがぷんすか怒りながら尻尾を振り回す。本体が無口な代わりにお付は随分お喋りなようだ。
 こんのすけは咳払いをする。
「ともかく!ここは普通の本丸とはまったく別物ですのでお気をつけください!出会い頭に斬りかかってくる場合も考えられますので」
「その時は反撃しても良いんだよな?」
「反撃!?いやいやいや審神者殿!貴女はここの刀剣たちを助ける為にやって来たのでございますよ!?逆に怪我させてどうするのですか!」
「よし行くか。えっと…な、鳴狐?」
「………うん。行こう、あるじ」
「こっっらお二方!!わたくしめのお話を聞いてくだされ!!」
 入り口から嫌な空気が流れてきている。ものすごく入りたくないが、仕方がない。名前はドアを蹴り飛ばした。
「えええぇぇぇえ!?」
「一々うるさい狐だな。さっきここに案内してきた式神野郎に取り替えてほしい」
「酷いですね?!いやだっていきなり他所の家のドア蹴飛ばす奴がいますか!!」
「ここに」
「…いるね」「いるでございます!!」
「………駄目だこの人たち」
 がっくりうなだれるこんのすけを無視し、名前たちは足を踏み入れる。日本家屋の内装を見たのはこれが初めてだ。どこに何の部屋があるのか知るわけもないので、適当に回ることにした。「審神者様!外履は脱いでくだされ!」勿論裸足の文化圏外で育った名前に玄関で靴を脱ぐという習慣はなかった。
 床が汚いのを理由に靴を履いたままで歩くことに成功した名前は、取り敢えず禍々しい空気が漂う方向に進むことにした。こんのすけ曰くその邪気の元凶は刀剣男士らしいので、根本に辿り着けばおのずと彼らに会えるだろうと考えた。
「あ」
 咄嗟にこんのすけを蹴飛ばし「ぐえッ!」鳴狐の襟首を掴んで後ろに追いやる。「うぐ…っ」「鳴狐ぇぇ!?」刹那に備え、名前は銃を取り出した。
「ハァッ」
 男の軽い掛け声の瞬間、銀の一閃。名前は銃のスライドでそれを受け止めた。重い衝撃。力負けしそうになったが、そこは堪える。銃を呆気なく斬り裂きこちらにまで刃が届いてしまうのではないかと、ヒヤリとしてしまった。「…良い挨拶だ」目の前の己とよく似た銀髪に、にやりと笑いかける。その銀髪は同じ髪色の鳴狐よりも歳上の男だった。肌は雪のように白く、それでいて薄汚れている。衣装も同様で勿体ない。
「今日は銀髪のエンカウント率が半端ないな。呪われてるのか?」
「…軽口が利けるのもここまでだぜ」
「漸く喋ったかと思えばそれかよ。可愛げのない奴だな」
 「そんでもって」名前は力を抜く。「下がお留守だ」こちらに体重を掛けていた男は、名前が突然身を引いたことによって簡単にバランスを崩した。その鳩尾へ、容赦なく蹴りを入れ込む。
「うぐっ…」
「お前だけ相手してる暇はないんだ。なんかここを再建しなくちゃいけないらしくてな…私はこれでも忙しい」
 腹を抱えて倒れ込む男の刀を奪い、刀身を眺める。鳴狐のそれよりも随分汚れていてくすんでいた。ところどころ刃毀れもしている。酷い状態だ。こんなもので挑んでくるなど、甘く見られたものだ。
「貴方は鶴丸国永ですね?」
 こんのすけが彼の名を紡ぐ。「い、いかにも…驚いたな…今回やって来た人間は随分、強いらしい……」苦しそうに返答する鶴丸に思わず律儀かと内心つっこむと、名前は彼の傍まで歩み寄ってその銀髪の頭を容赦なく踏みつけた。
「こんな武器で私に挑むなんて良い度胸してるじゃねえか。敬意を表してお前の髪全部引っこ抜いてやるよ」
「何をやっておられるのですか審神者殿ォォォォォ!!知らぬ人が見ればアンタ完全に悪役ですよ!?」
「いやこいつの髪見てたらイライラしてくるんだよ」
「そんな個人的私怨で頭皮にダメージを与えないでください!!」
 こんのすけの必死の懇願に仕方なく髪を抜くのをやめた。ちらと横に視線をやれば、鳴狐がひっそりと自分の頭に手を当てていた。
 鶴丸国永を廊下に置き去りにし、名前たちは進む。ちなみにこんのすけは鶴丸に付き添っている。全ての刀剣男士たちを発見したら手入れをしなければいけないらしく、それまで彼の容態が心配なんだそうだ。あの程度で死ぬもんかと抗議したがこんのすけは聞き入れなかった。まるで名前に全ての責任があるかのような目をして「さっさと探しに行ってください!」と一喝した。
「なんなんだよまったく…勝手に連れてきておいて………」
「あるじ」
 すると、ふと、左手に温かみを感じた。鳴狐の手が重なっている。
「心配無用でございまするぞあるじどの!鳴狐がついております故、安心してお進みくだされ!」
 特になんの説得力も感じられない。そもそも出会って数十分の相手なのだ、実力も定かではないのに一体どこに安心すれば良いのやら。
 だけど。
 彼の、この、無条件の信頼の瞳に、名前は動けなくなる。抗えなくなる。どこか既視感を覚えるこの瞳が、名前は苦手だったのだ。
「―――奴らがどこにいるか、分かるか?」
「おそらくですが、この突き当たりの部屋ではないでしょうか?邪気が強いです!」
「へえ、じゃあ行こうか」
 突き当たりの、正面の襖。薄汚れている淀んだ白には鶴の絵が描かれている。
「準備は良いか、鳴狐」
「うん。……行こう、あるじ」
 二人と一匹は、踏み出した。
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双六