「姉ちゃん」
 突然背後から声がかかり、彼女の肩が小さく跳ねる。
「誰と電話してんの?早く降りてきてよ。ご飯だよ」
「分かった」
 弟の拗ねた声にすぐさま返答し、スマホに向き直る。<長電話しすぎましたかね。弟クンが怒る前に切りますか>電話越しの彼の察しが良くて助かる。
「ごめんね、折角電話してきてくれたのに」
<いえ。いつでもできますから。“アレ”と比べれば楽なもんですよ。貴女にメッセージを送るのにも右往左往してるからお尻を叩いてあげるんですがね、それはそれはもう面倒で>
「面白そうな光景だね。是非見てみたいよ」
<隙があれば今度写真を撮って送って差し上げますよ>
「あはは、見てみたいけどそれは流石に彼がかわいそうだから遠慮しとくよ」
 姉ちゃん!と少し張り上げた声が一階から聞こえてきた。そろそろ行かなければ弟が怒ってしまうだろう。ああ見えて、姉が食卓に来なければ箸に手を付けず待っている性格なのである。
<おっと済みません。貴女が相手だとつい話が弾んでしまいますね。どうぞお切りください>
「ありがとう。今度はこっちから電話するね」
<はい待ってます。おやすみなさい>
「おやすみなさい、木手」
 通話を切ったあと、二拍ほど開けてメッセージが届いた。先程話題に上がっていた人物の苗字が表示され、彼女の顔に笑みが浮かぶ。すぐに返信したかったがそこは堪え、彼女は自室を出た。「遅いよ」「ごめん」すぐそこで待っていた弟と共に階段を降りる。
 自室で期待したように通知を知らせる光の点滅を思い浮かべ、彼女はまた一つ、笑みをこぼした。
まだ、蕾


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