困った時は愛想笑い


「………」
 この沈黙は一体何なのだろうか。いつまで経っても喋る気配のない彼に燕はいい加減やきもきしてきた。
「えっと、何か用ですかィ」
 問うてみると、彼はあからさまに動揺する素振りを見せる。
 真選組屯所。ここに燕は遊びに来ていた。遊び目的で来ても良いのかと燕は怪訝したが、山崎が妙に誘うので結局折れて来てしまった次第なのだ。そして今、いつかの浪士どもに絡まれていたのを助けてくれた恩人が目の前に居るのである。
「あのう、斉藤さん」
「……」
 ここまで喋らないとは驚きだ。キャラ保つの大変そうだなと思い、取り敢えず燕は出された茶菓子に手を出した。それをじっと見つめる斉藤。自分を見つめても面白いことなど無いだろうに、変わった人である。
 さて、客間に通されている燕なのだが、肝心な山崎がちょっとした用だとかで未だに顔を出す気配が無い。向こうから誘っておいてどういうことなのか。しかも何故斉藤がここに居るのか。もてなし役に彼を抜擢するのはキツイだろう。
 太陽が翳り、それまで日の光を受けていた緑葉は暗い影を落とす。それと同じくして廊下から足音が聞こえてきた。やっと山崎が来たのかと思い視線を向けると同時に襖が開く。そこに入ってきたのは黒髪ではなく茶髪だった。「あれ、終兄さんも居たんですかィ」何故、沖田。
「沖田さん、山崎さんは?」
「奴なら野暮用とかで出て行っちまったぜィ」
 つーわけで俺が来た。そう言うと彼はどっかりと燕の前に座る。
「野暮用っつても仕事でな、先日複数の浪士たちの死体が発見された」
「浪士の?」
 無関係な自分にこんな話を容易くしても良いのかと気にしたが、それ以上にその浪士たちの話が気になった。
 興味津々に目を合わせる燕を沖田は一瞥し、その流れた視線で彼女の手を見つめた。その手は女にしては傷が多かった。
「港の近くの倉庫」
「…、」
「そこでな、発見されたんだ。相手の急所を確実に狙った斬口…素人の仕業じゃねェ」
「へえ、困りますねェ」
「、困るんですかィ」
 沖田の鋭くなった瞳に臆することなく燕は「ええ」と言いのける。
「あっしァ船内の簡単な設備なら直せるんです。たまに船の修理の依頼も来たりするんで…港の近くで浪人斬りなんてあったら怖くて近寄れないですよ」
「アンタに“怖い”なんて言葉似合わねェな」
 馬鹿にしたような沖田の笑顔に、燕は小さく口角を上げた。
「ああそうそう」
「?」
 思いついたように沖田は懐をまさぐり、透明な袋を取り出す。その中には見覚えのある物が入ってあった。ごろん、と固い音が鳴って、机上に置かれるソレ。
「現場にこんなモンが落ちてたんでさァ」
「…何であっしに見せるんですか」
「いやァ、アンタ技師だろ?このメーカー使ってる技師仲間とかいねェのかと思って」
 見た目はなんの変哲もないボルト。しかし燕は分かった。これはウチで取り扱っているボルトだということを―――あの時、自分が落としてしまったボルトだということを。
 すぐに小刀の存在が頭をよぎった。そして紫煙を漂わせる彼の横顔。
「…さあ。このメーカーは誰でも使ってるし誰でも手に入るし、強いて言やあっしも使ってますよ」
「別に霧島さんのことを疑ってるわけじゃないですよ」
「へえ、疑ってたんですか。酷いですねェ」
 そこで沖田はニヒルな笑みを浮かべた。「アンタ、マジでやりにくいわ」
「今日あっしを呼んだのはこの為ですかい」
「面子の為に言っておきやすが、本当にアンタを疑ってたわけじゃない。専門にしてる奴に訊いたほうが早いと思ったから呼んだだけだ」
「…あっしに、人なんて殺せませんよ」
「見りゃ分かる」
 そこで言葉は切れる。太陽が再び顔を覗かせて、室内を温めた。沖田は彼女に出された茶菓子を無断で取る。燕も、今まで無言を貫いている斉藤も止めはしなかった。
「ま、良いでさァ。俺ァ元々アンタのこと疑ってなかったし」
「そうですか」
「忙しいところご足労でしたねェ、後日詫びに行きやす…土方が」
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