困った時は愛想笑い


 それから燕は結局、呼び出した山崎と会うこともなく屯所を去った。帰りに詫びだと手渡したお菓子は少なからず彼女の機嫌の回復に貢献したらしい。帰る際の横顔が僅かに微笑んでいた。そんな彼女を嬉しそうに見つめる斉藤に、随分霧島に懐いたんだなと土方は関心した。
 燕の姿が完全に見えなくなってから土方は壁に背を預けている沖田に問う。
「どう思う」
 その問いに沖田は不可解そうに
「どうって…どう考えてもシロでしょ」
 と答える。
「土方さんは霧島さんが浪士どもを殺したと本気で思ってるんですかィ」
「じゃあ目撃証言はどうする」
 そう、目撃証言。霧島燕に似た人物を倉庫付近で目撃したという電話が、事件が発覚してすぐにかかってきたのだ。証言がある以上、疑わないわけにはいかない。
「…で、その電話をかけてきた奴は特定できたのか」
「まだでさァ」
「ったく、それも怪しいっつーのに…」
 そのかかってきた電話は言うことだけ言ってすぐに切れてしまったのだ。故にどこの誰がかけてきたのか特定できていない。事件を解決したい当局にとってはその情報は貴重なのに、それの真実味が身元不明によって薄れてしまうのだ。だから土方たちは燕に強く出られないし、自白を強要することもできない。唯一手元にある証拠はどこにでも売っているボルトだ。
 はあぁ、溜息混じりに煙草の煙を吐き出すとあからさまに沖田が嫌そうな顔をした。と、それまで二人の様子を静観していた斉藤が突然その場を離れた。彼の脚は燕の後に続いている。
「終?」
 まさか尾けるつもりなのか?それは流石に拙いと土方は後を追おうとしたが、沖田がそれを止める。彼の表情はひどく楽しそうなものだった。
「ははあ、成程」
「あ?」
「土方さん、ここは終兄さんに任しておきやしょう。もしかしたら霧島さんはただの被害者なのかもしれねェし、護衛もどきになるでしょ」
「…仮にそうだとしてもそれは山崎の役目だろ」
「奴はこの事件を追ってるし、別件も抱えてるじゃないですか」
 ね、と後押しすると土方は漸く押し黙った。
「まあまあ、ここは見守っておきやしょう……色々と」
 そう言って笑う沖田はひどく興がっていた。わけが分からない土方はただ首を傾げるしかなかった。
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