他人が勧めるものって断りにくい


 休日、燕は珍しく外出していた。しかしそれは女の子らしいショッピングの為でなく、工具を集める為の外出であったが。
 行きつけの工具屋で少しお喋りしてから、目当ての物を買う。そしてそのまま帰宅。これが燕の外出スタイルだった。飾り気も何も無いが燕にとってこれが楽しいのである。
「あ、燕…さん?」
 しかし、今日はそのスタイルが崩された。
 声をかけられたので振り向くと、眼鏡の少年が立っていた。どこかで見たことがある気がするがさっぱり思い出せない。困ったように首を傾けると、彼は笑みを取り繕った。
「あー僕、この前あなたとお会いしたんですけど」
「この前?」
「あなたに斉藤さんのことで色々訊いた、万事屋です」
 色々訊いた…そこで漸く燕は合点がいった。そう、彼は斉藤を知っているかどうか訊ねてきた者だ。
「改めまして、僕、志村新八といいます」
「どうもご丁寧に。あっしァ、霧島燕です」
「この間は不躾に済みませんでした」
「いえ、何で訊かれたのか疑問でしたが別に良いですよ」
 まさか謝罪がくるとは思わなかったので内心驚く。銀時の下で働いているとのことがあり、どんな非常識人だろうと身構えていたので彼には比較的好感が持てた。上司がちゃらんぽらんだと従業員はしっかりするのだろうか。
「…そういえば燕さん、今日もお仕事なんですか?」
 ものすごく失礼なことを考えている燕など露知らず、新八は彼女を格好を見て不思議そうに訊ねてきた。
 今日の格好はいつもと変わらない山吹色のツナギだ。よく見てみれば少し汚れていた。
「いえ違いますが」
「あ、そうなんですか。いやぁ作業服着てるからてっきりそうなのかなと…」
「服買うより工具買うほうが楽しいですからねェ」
「…変わってますね、燕さん」
「そうですか?」
 何故苦笑するのか分からなそうに燕は首を傾げた。
 そんな折「新ちゃん、待った?」と女性の声が降りかかる。新八は姉上、とその女性を呼んだ。桃色の着物を纏い髪を結いあげた女性が上品に立っている。新八には悪いが、とても姉弟とは思えなかった。だって雰囲気が違いすぎる。
「あら、そちらの方は?」
「以前ある方の依頼で知り合った人です。燕さん、この人は僕の姉の…」
「志村妙です、初めまして」
「どうも、霧島燕です」
 袖で口許を隠して妙は微笑む。ああこれが“女性”か、と燕は自分に無いものを感じた。そんな中、不意に自分に影がかかる。曇ったか?と思ったがそれは誤りであった。
「お妙さぁぁぁぁん!今日もお綺麗ですねェェェェェ!!」
「死ねゴリラァァァァァァァァァ!!」
 一瞬だった。影を作った原因が人だと分かった瞬間、その人は吹っ飛んだ。目の前の女性によって。新八に目を向けると困ったように笑っていた。「済みません、いつものことです」いやいつものことって何だ。そもそも彼のお姉さんはこんなに凶暴なのか。ていうかさっきまでのお淑やかキャラはどうした。――様々な思いが溢れ出たがそれを口にする勇気は無かった。真選組局長が卍固めされている姿を見れば、誰だって口を閉ざしたくなるだろう。
 聞いた話によれば、近藤は警察のくせに妙をストーカーしているゴリラだそうだ。仕事のみでしか関わったことのない燕にとってその情報は有難いようなそうでないような微妙な気持ちにさせた。だが、できることなら知りたくなかった。
「そうそう、燕さんって服が少ないそうですね」
「え。何で知ってるんですか」
「なら今から一緒に服を買いに行きませんか?丁度財布も拾ったところだし」
「財布って近藤さんのこと言ってるんですか?」
「じゃあ行きましょうか。おすすめのところ案内します」
 有無を言わさずに連れ去られる燕。新八もこればかりは止められそうになかった。
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