他人が勧めるものって断りにくい


 さて、連れて来られた場所は落ち着いた呉服屋だった。見るからにお高そうな着物が並んでいる。この中から着物を選ぶのは気が引けた。
「大丈夫よ。あのゴリラ、ああ見えても公務員だから」
 奢らせる気満々の妙は堂々と着物を選ぶ。これなんてどうかしらと言って燕に着物を合わせる彼女を、燕は止める気になれなかった。
 藤色、山吹色、紅色。様々な種類の着物に視線が泳ぐ。こんなところに来たのは初めてだったので燕は落ち着かなかった。笑顔で楽しそうな妙を見ると申し訳なくなった。妙は既に燕に似合いそうな着物の目星はつけていて、羽織やら飾り物までに手を伸ばしていた。流石にそれは駄目だ。羽織だけならまだしも飾り物まで買わすわけにはいかない。なんとか妙を説得し、買う物は着物と羽織だけになった。
「あーっ楽しかった!!」
「お妙さんが楽しかったのなら俺は満足です!」
 財布にされていることすら気づかずに笑顔でいる近藤に、燕は多少同情する。
「あの、近藤さん、ありがどうございます」
「良いってことですよ!まさか燕さんがお妙さんのご友人だとは!この近藤勲、良い縁に恵まれましたな!」
 近藤を見ていると本当に妙が好きなんだというオーラが全面に分かる。
「…じゃ、あっしはこの辺りで」
「あらもう帰っちゃうの?残念。今度は是非私の家にいらして?」
「ありがとうございます」
「燕さん、あの…色々済みませんでしたマジで。貴重なお休みを…」
 ずっと平身低頭な新八に、燕は微笑した。
「…、楽しかったですよ、本当に」
「なら良いんですけど…あ、僕ん家だけじゃなく、是非万事屋にも寄って行ってください。年中暇してるんで」
「新ちゃん、暇なんて言っては駄目よ?どれだけ万事屋が無能なのか知られちゃうじゃない」
「姉上、今ので大体知られたんですが」
 “この人たちの日々は充実している”。それが痛いほど伝わってきた。
 (なんか…ここは、居心地悪い…)呼吸が苦しくなる。(もう帰ろう)少しボロい自分のアパートに帰りたい。あの孤独な空間に早く浸かりたかった。妙の辛辣な言葉につっこみを入れる新八やくねくねと体をくねらせる近藤を一瞥し、燕は黙ってその場を去った。
prev | top | next
back