血なまぐさい裏舞台


 真選組屯所内。重い空気に圧倒されながらも山崎は背筋を正して正座していた。
 「それは確かなんだな、山崎」厳しい声音で問いただしてきたのは、いつもより眉に皺の寄った土方である。無理もないと、山崎は思った。彼の厳しい声音に同意して山崎は書類を取り出す。そこにはこれまで調べてきた情報が書き連ねてあった。
「…念の為“奴”の出生を調べろ。信じるのはそれからだ」
「そう言われると思ってもう既に調べてありますよ」
 得意気に言うと、土方は驚いた。それから不敵に笑って山崎から“奴”についての資料を貰った。土方がそれに目を通していると背後から沖田がそれを覗き見た。
「姓が違うのは出生を隠す為でしょうねェ」
「おそらくな」
「…なあトシ」
「近藤さん、うだうだ言っても仕方ねえ、これが事実なんだ」
 窘めるように言って、土方は近藤に書類を渡す。近藤の表情は晴れなかった。
「どうしますか、副長」
 小さな声で訊ねる山崎に土方は鋭い目を向ける。
「俺たちは真選組だ。やることは一つしかねェ」



 男が居た。そこは暗闇で、男はそこで地団駄を踏んで誰かを待っていた。仕切りに腕時計を見ているところを窺う限り、相手は約束の時間に遅れているのだろう。男は何度も何度も時計を見、「まだか…まだか…」と呟いていた。
そして漸く誰かの足音が響く。男の顔色は明るくなる。その誰かがこちらに来る前に男が彼に歩み寄った。
「遅いじゃないか!何をしていた!?」
 “彼”は黒装束に笠を被っており、顔は窺えなかった。だが佩刀している。おそらく幕府の関係者だろう。
「まあ良い。さあ、金だ。金を寄越せ。お前に言われたことはやっただろ?」
 遅れて来たことを謝りもしない彼に多少腹を立てたものの、男は気を取り直して図々しくも手を差し出した。太くて丸まった指が彼の視線を捉える。だが彼は動こうとはしなかった。黙ってその指を見つめるのみだ。
「おい!まさか金は渡せないとか言い出すんじゃないだろうな?」
「その通りだ」
 悪びれる素振りも見せず、淡々と彼は述べる。瞬間、男の顔が真っ赤になってしわくちゃに歪んだ。
「冗談じゃない!あれは嘘だったのか!?俺は何の為に真選組に…」
「お前は確かに役に立った。感謝している」
「じゃあ………」
「―――だから、お前は誇りを持ってこの計画の礎になるが良い」
 “ドシャァッ!!!!”瞬きも許さぬ神速の一撃に男の頭は真っ二つに割れ、噴水の如く血が舞った。男の亡骸が崩れ落ちると、彼はそれを踏みつけた。
「…フン、本当に役に立ったと思っているのか。ミスを犯した貴様に死以外渡すものなどありはしない」
 辺りは血色に染まる。そこをさも風呂場のように心地良さげな表情をして、彼はその場を後にした。
 翌日、男は死体として一般人に発見された。
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