血なまぐさい裏舞台


 とある屋形船にて、ある男が乗っていた。
 “高杉晋助”―過激攘夷志士で世間を騒がせている男である。彼は今、部下である河上の報告を不機嫌そうに聞いていた。
「…で、そいつは死んだのか」
「何者かに殺されたそうでござる」
「誰だ」
「それはまだ」
 舌打ちを一つして、煙管を吸う。「先を越されたな」一人ごちて、高杉は外をぼんやり眺めた。
「どうするでござるか」
 促すように河上が訊ねると高杉はめいいっぱい煙を吸って、ゆっくりと吐いた。そこには疲労を少し滲ませていた。紫煙の匂いと船のゆったりとした揺れ、そして酒。それが今の彼を慰めるものだった。
「…真選組が付いてんだろ、なら暫くは安全だ」
 懐から小さな絡繰を取り出して眺める。絡繰を見ているようで見ていない彼を、河上は何を思ったのか寂しいのかと問うてきた。すると肌を刺すような殺気が河上を襲ってきた。地雷を踏んでしまったと河上は苦笑する。余裕綽々な彼に苛立ちながら高杉は絡繰をしまった。まるでお気に入りのものを独り占めしたいような素振りである。
「暫く放っておけ」
「会いに行く気もないと?」
「ああ」
「ふふっ…晋助のストレスが溜まりそうでござるな」
「ぶっ殺すぞ」
 バツの悪そうな顔をして高杉は再び外を眺めた。今日の彼は酒が進まなかった。
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