みんな知らないところで誰かに護られてる


 身を切るような冷たい風が吹く夜。行燈の仄かな灯りを頼りにある男が人っ子一人居ない道を歩いていた。身に纏っている黒服は暗闇に紛れるが、灯りのおかげで彼の存在を他者は認識することができた。
 男はまっすぐある場所を目指していた。足音を立てず、ひっそりと。やがて男はある地点まで行くと行燈を消し、物陰に隠れながらその場所を目指す。暗い道を歩いてゆくと、前方に背の曲がった人物を発見した。その人物は帯刀しているが幕府関係者ではないことは明白。不逞浪士なのは身嗜みからすぐに分かったことだった。
「…おい」
 彼はその浪士の背後に素早く回り込み、浪士の首に刀身を添える。彼に気づくことができなかった浪士はビクリと体を震わせ、動かなくなった。彼は浪士の姿をじろじろと観察した。麻布でできた着物は質素で、ところどころほつれた跡がある。髪も無造作に結われており体からは変な臭いがした。彼は腰に差さっている刀に目を向けながら言った。
「どこに行こうとしていた?」
「……」
 浪士は緊張からか唾を飲み込んだ。答える気配はない。ぴゅう、と一層冷たい風が二人の体を切り、黒い雲さえ切り裂いた。裂けた雲間から月光が注がれる。周囲が明るくなる。
「…あ、あんたは…」
「質問に答えろ。でなきゃ拷問行きだぞ?」
 月光に照らされた彼の顔は、ニィと笑みを象る。端正な顔立ちなので様になっていた。
「土方さーん」
 とここで、二人の不穏な空気を割るような陽気な声が聞こえた。ザッザッ、と足音を鳴らしてやって来たのは沖田だった。土方は浪士に刀を添えたまま振り返った。
「総悟てめぇ、今までどこ行ってやがった?」
「標的の家でさァ」
「監視は山崎の仕事だろ」
「山崎だけじゃ心配なんでさァ。終兄さんに任せておけば良かったってのに土方コノヤロー」
「一言余計だボケ。大体終はこういうのに慣れてねーだろ」
 小言を言い合う二人に浪士は戦慄する。まさか自分の行動が読まれていたのか?と案じ首を傾けて土方を見てみると、そうだと言うような表情をしていた。
「…さて、ここじゃアレだし俺たちと一緒に来てもらおうかねェ」
「総悟、手錠」
「はいよォ」
 ガシャン!冷えた音が木霊する。浪士は逃げ道を絶たれ、自らの負けを認めるようにうな垂れた。月はそんな彼を静かにじっと見つめていた。光は更に、明るくなる。
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