肝心なところでこけるのはよくある話


 誰よりも彼女を見ていた自信はあった。彼女を一番よく知る者は自分だと、大々的に言わなかったが内心自負していた。だから彼女を取り巻く“危険”の理由は知っていたつもりだった。だけどどうやら遅かったらしい。なにもかも成すこと全てが空回ったらしい。
 どうやら何も分かっていなかったようだった。いや、分かっていた。分かっていて尚、手遅れだった。もう二度と同じ轍は踏まないと誓った筈なのに、彼女は自分に背を向けている。その道を阻むことができずにいる。ただあの時とは違い、自分は木刀を抜くことができず、かける言葉すらも思い浮かべることができなかった。とはいうものの頭は停止しているわけではないらしく、それ以外はよく見覚えがあって、背に月を掲げる彼女の姿は恩師と酷似していた。
「…なんて顔してるんですかィ、万事屋さん」
 酷似しているのは当然か――彼女の少し嘲た声音に反応することなく、銀時はそんなことを考える。
 後ろで拘束されている彼女の手は縄が食い込んでいて痛々しい。すぐにでも解いてやりたかったが、やはり体は言うことをきかなかった。「賢明な判断だ」誰かがそんなことを言った。

『霧島燕殿――否、吉田燕殿…国家反逆の嫌疑がかかっている。ご同行願おう』

 それは突然の出来事だった。なんでもない一日を過ごしていたら突如幕府の者がやって来た。日常が瓦解する姿は本当に“あの日”と似ていて、銀時は眩暈を覚えた。
 傍らでは新八と神楽が幕府の者に食ってかかっていて、幼い頃の自分を思わせる。
「銀さん何で止めないんですか?!」
「そうネ!燕は何にも悪いことしていないネ!!」
 依然沈黙を貫く銀時を不満に思い、二人は叫ぶ。それを聞き流しつつ彼は考えていた。『……“あるもの”を探していて』彼女の身辺を訊いた時に返ってきた言葉。まさか、と銀時は目を見開く。
「燕、お前……」
 確かなことまでは分からない。だが危険を冒してまで彼女が江戸へやって来た理由。それは…。
「…万事屋さん」
 彼女―――燕はいつも通りの、なんてことない調子で紡ぐ。
「きっとすぐに帰ってきますので、待っててください」
 どうしてそんなことを言う。そんな保障どこにも無いというのに。むしろ今から彼女は危険がたくさんある場所に行くというのに。何よりどうして“あの人”と同じようなことを言うのか。痛いほど理解している。理解はしていたが、納得はしていなかった。
 山吹色の背中が遠退く。昔のように錫杖や縄で拘束されていない。だけどどうしてか、銀時の体は動かなかった。
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