度胸さえ持ってればなんとかなる


 この地下は吉原のように巨大な街と化しているようで、いくつかある屋敷の一つに燕は囚われていた。といっても牢獄などではなく、普通の部屋で腕を拘束されていて目の前には談笑している男たちが居るだけだ。まるで燕の存在など無いに等しいくらいに無視している。これは隙を衝けば抜け出せる可能性があった。
 その時、何やら外が騒がしいことに気づく。どうやら乱闘騒ぎになっているらしい。「ハッ、どうせ一介の攘夷浪士が喚いているだけだろう」酒を手に、男の一人が呟く。
「…あのう、ここはどういうところなんですかィ」
 できるだけ下でに出て、燕は問う。
「ふん、貴様が知ってどうする。もうすぐ…」
「まあ待たぬか。冥土の土産に教えても良かろう」
 相当酒に酔っているらしく一人の男の意見に次第に他の者たちも、そうだなと同意した。燕がここを抜け出そうと考えているなど微塵も思っていないらしい。
「ここは所謂“遊び場”でな。攘夷志士やその周囲に恨みつらみを抱いている幕僚などがよくやって来る」
「表向きには公表などしていないが、攘夷志士を捕まえて殺し合いをさせたりしているのだ。これがまた面白くてなぁ…初めは刃向かう者も居るが、妻子などの存在をちらつかせるとあっさり仲間を斬り捨てるのだ」
 (下衆が…)燕は心底侮蔑する。
「お前は吉田松陽に恨みを抱いていた者たちから情報を売られたのだ」
「最初は真選組に逮捕させて身柄を貰おうと思ったが、真選組に情報を吹き込んだ奴がヘマをしてな。まったく…我々が目をつけられたらどうするつもりだったのだ」
「良いではないか、終わったことだ」
 随分仕組まれていたようだ。気づくのが遅すぎたなと、燕は内心舌打ちした。
 「さて、そろそろ行くか」男が立ち上がるが、酒が回っている所為で足元がふらついていて、危なっかしい足取りで燕の背後に回る。他の者がそれを見て笑った。
「ええい笑うな。ほれ女、立て。行―――」
 言葉が止まる。「おいどうした」一人が気になり、振り向いて声をかけた。
「きっ貴様!?」
 『もしもの時用でござる』――河上の言葉と高杉の横顔が、燕の頭の中に蘇る。
 燕は男の太ももに刺した小刀を引き抜く。そして彼を男たちのほうに蹴り上げると、男たちは酒の所為もあってまともに避けられず将棋倒しとなった。その隙に燕は部屋から逃げ出した。早くこの場を離れなければ追手が来る。しかしその前に確認しなければいけないことがある。
 燕はポケットから端末を取り出してこの場の見取り図を検索した。現在地と目的地を確認すると、再び走り出した。無論、小刀を握りしめて。

 時を同じくして街の門前でも一悶着あった。一組の男女が一人の門番と言い争いをしていたのである。
「チミィ、いい加減にしたまえよ。この私が通せと言っているんだ、通したまえ」
「いやだから名前!名前言ってくんなきゃ誰か分かりませんよ!!」
「あら嫌だわ、あなた、全然顔が通ってないじゃないの」
「大串くんが世間知らずなだけだよ。ほら私だよ私」
「いや俺大串じゃないですから!門番の山田ですから!」
「オメーの名前なんか興味ねーよ」
「なんなのこの人!?」
 銀髪の男と長い黒髪の女。言動からして夫婦なのだろうが、この二人、身元がまったく分からない。もう話も通じないし、応援でも呼ぼうと門番の山田が無線へと手を伸ばしたその時。
「やっぱ強行突破しかねーだろ」
「だな」
 意識が途絶えた。
 ―――山田を撃沈させた二人は、第三者の視線が消えたところでパッと離れる。
「おいヅラ、くっ付き過ぎだったんだよ。いくらなんでも限度ってモンがあるだろーよ」
「たわけ。今時の夫婦などあのくらいのスキンシップは当然だ」
 そう、男役は銀時、女役は桂だったのだ。しかし結局強行突破でここを通ってしまうのだから、変装はあまり意味を成さなかったのではないだろうか。銀時はそう桂に告げたが、
「俺は女として此奴に認識されているから、別の変装でなんとかなる」
 と言いのけられた。
 あれ?ということは俺はどうなるの?やっぱ強行突破やめとくべきだった?と銀時は思ったものの口には出さなかった。――しかしながら後々、山田を気絶させたことによりある人物の侵入が簡単に成功することになるのだが、そんなこと二人は知る由もなかった。
「そんなことより早く行かねば。燕殿がどうなっているか皆目検討もつかん」
「あいつのことだ、大人しくしてるわけあるめェ。とっとと見つけなきゃ大変なことになるぜ」
 どうか無事でと祈る思いで、二人は先を急いだ。
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