度胸さえ持ってればなんとかなる
燕はとある場所に来ていた。そこは備品室に似た保管庫で、そこには警備の者が持つであろう警棒や十手、果ては拳銃が置いてある。こんなものが何故ここにあるかはさておき、燕は迷わず拳銃やその他必要な物を手に取ると懐にしまいこんで早々に保管庫から出た。武装していて越したことはない。覚悟はとうに決まっていた。
さて、保管庫を後にした燕が真っ先に向かったのは“蜥蜴屋”と呼ばれる料亭であった。裏路地を通り、人の気配など燕が悟ることなどできるわけもなかったが、できるだけ周囲に気を配ったりしながら見つからないように忍び足でそこに向かう。前から堂々と行くわけにもいかなかったので裏口のドアをピッキングして侵入した。気品溢れる店で山吹色のツナギは浮いていたが仕方ない、どうか人と鉢合わせしませんようにと祈りながら燕は店内の廊下を歩いた。
今まで収集した情報によると“探しもの”はこの料亭の一番奥の部屋にある。(…ここか)懐に手を忍ばせて、燕はガラリと襖を開けた。
「!? え…」
しかしそこは無人で、物一つ無かった。
どういうことだ。まさか情報が誤っていたのか。冷や汗が頬に滑り落ちたところで、背後でカタンと物音がした。「ッ!!」振り返った瞬間、こちらに迫る刀身が視界いっぱいになった。
―――ザシュッ!!
肉の切れる音。血の匂い。しかし、どういうわけか燕は痛みを感じなかった。おそるおそる目を開けてみると、目の前には笠を被り、錫杖を手にした男が立っていた。自分を憎んだ目で見てきたあの時の男と似ていたが、違う。この男は白髪で、鳥のような紋の入った服を着用している。
「何故貴様がここに居る」
「…?」
男は鋭い目で燕を睨んでいたが、やがて視線を逸らすと死体と化した先程の者を見下した。
「…松陽は思った以上に恨みを買われていたらしいな」
「! 父を知っているんですか?」
「ああ知っているとも。牢獄の中の松陽は、己に迫る死を恐れない変わった人間だった」
その言葉でこの男が幕府側の者だと知ると、燕は咄嗟に警戒した。だが男は燕に殺気を向けるわけでも敵視するわけでもなく、淡々とあることを述べた。
「女、貴様の求めるものはここには無い。ここから西にある“百合の間”というところに逃げている筈だ」
「………どうして、あっしにそれを教えてくれるんですかィ」
「さあな」
男はそれ以上言うこと無く、背を向けて歩き出した。「あのッ…名前、なんていうんですか?」その背に燕は訊ねる。男は足を止めなかった。
「……――烏、とでも言っておこう」
からす、その単語を燕は口の中で転がす。烏は窓際に足を乗せるとそのまま飛び降りた。慌てて燕は窓に駆け寄って下を見てみたら、下には誰も居なかった。不思議な男だと燕は夢心地のような感覚を抱く。だがぐずぐずしているわけにもいかないと思い出し、燕は駆け出した。酒まみれの男たちから逃げ出して随分時間が経つ。急がなければ目的が果たせなくなる。拘束された時は絶望に似た感情を抱いたがこれはある意味でチャンスなのだ。活かさないわけにはいかない。
今度は隠れることなく全速力で店内から脱出した。途中で女中などが訝し気にこちらを見てきたが仕方がない。とにかく燕は“百合の間”と呼ばれるところに急いだ。