面倒事ほど引き寄せるたちがある


 この日、燕は仕事にでかけていた。からくり堂は払うものさえ払ってくれれば出張だって可能だ。
「どうですかィ、霧島さん」
 その日はあるところの台所のガスコンロを直しに訪れていた。
「もうすぐ終わりますよ」
「そりゃ何より。ウチの女中は霧島さんを気に入ってやすんで…料金は弾みますぜ、土方が」
「嬉しいことで。今後もどうかご贔屓に」
「いや後半につっこんでくんない?」
 突然の第三者に燕は背後に顔をやる。そこには真選組副長・土方十四郎の不機嫌そうな姿があった。彼は煙草の煙を吐き、瞳孔の開いた瞳を燕に向ける。
「料金は通常の値段で払うからな」
「…仕方ないですねェ」
「いやなんなの仕方ないって。当たり前だろ!?」
「おいおい土方ァ、そこは払ってやれよ器の小せェ男だな」
「だったらお前が払え」
 抜刀間近の土方を呆れ眼で一瞥した燕は、早々に器具を鞄にしまいこんで立ち上がった。そして懐から紙とペンを取り出すと彼に渡す。「サインお願いしやす」燕の言葉に土方も怒りをしまって、無言で紙にサインをした。
「毎度です。また何かありやしたらお気軽にどうぞ」
「ああ」
「あ、そうだ霧島さん。近藤さんがおはぎ貰ったとかなんとか言ってたから、折角だし食べていきやすか?」
「マジですか。じゃあいただきます」
「だそうでさァ。土方、茶」
「だから何で俺?おい山崎!茶ァ淹れろ!」


「美味しいですねェ」
「ここ、かなり有名なお店らしいんですよ」
「山崎さんは食べないんですか?」
「俺は勤務中だし…副長に見つかったら面倒なんで」
「マジメかよィ」
「沖田隊長は少しはマジメになってください」
 あぐあぐと遠慮無く食べる沖田は、どう見えも勤務中の公務員には見えない。燕はあんこの入ったおはぎを食べながらまじまじと沖田を見つめていた。特に理由は無い。「あ、そういえば知ってます?」と、ここで不意に山崎が思いついたように話題を振ってきた。
「最近、攘夷浪士の動きが激しくなってきているみたいなんですよ、霧島さんも気をつけてくださいね。よく屯所(ここ)に出入りしてるし目をつけられるかもしれないから」
「そうですねェ…その時は真選組に責任取ってもらいましょう」
「安心しなせェ、たとえ捕まったとしても俺たちが必ず助け出してやりまさァ。なんせ腕の良い技師だからねェ。そのまま死なすのは勿体ねェ」
「じゃあ安心して捕まりますね」
「いや安心しないで。超逃げて」
 呑気に茶を飲む燕に山崎は思わずつっこむ。
「…それじゃ、あっしはそろそろお暇しましょうかねェ。おはぎ、ありがとうございました」
「いえいえ」
「近藤さんによろしくお伝えください」
 片付けを軽くして、燕は部屋を出る。入口の前まで見送ってくれるとのことで沖田も一緒だ。
 稽古に勤しむ隊員たちの前を通り過ぎ、入口まで辿り着く。気をつけて帰れとの言葉をいただき、そこで沖田と別れた。帰りは特に用事も無いのでスイーツでも買って帰ろうと思い、コンビニに立ち寄る。いちごショートケーキを手に取ってレジに向かうと、店員が困った顔でオレンジ髪の男性と会話をしていた。といっても、どうやら口を開いているのは店員だけで、オレンジ髪は一向に言葉を発する気配は無かった。
「あのー、おそらくお弁当温めたら良いんだと思います」
 このままだと埒が明かないので仕方なしに燕が口を挟む。店員は燕にかしこまりましたと言い、電子レンジにお弁当を入れた。するとレンジの扉を閉めた音の所為だろうか、それまで無言だったオレンジ髪がビクッと肩を揺らした。この行動からして先程まで眠っていたのだと思われる。立ちながら寝るとかすごい。燕は感心して目だけでオレンジ髪を見た。
「…!」
「…」
 すると、ばっちり目が合ってしまった。しかも相手は真っ赤な瞳を逸らそうとしない。このまま見つめ合っていても気まずいだけなのに、何故この男はこんなにも自分を凝視しているのか。
「352円です」
 ここで救世主・店員が現れた。店員の言葉に漸く燕から視線を外したその赤い目は、財布の中を映した。オレンジ髪は値段ぴったり小銭を出すと、さっさとコンビニから出て行ってしまった。
 黒い隊服に、二本の刀。おそらく真選組の隊員だろう。今度屯所に行ったら、沖田にでも彼のことを訊いてみようと思い、燕は財布を取り出した。
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