面倒事ほど引き寄せるたちがある


 コンビニを出た燕は、からくり堂に戻ってから早速ケーキを食べた。源外もケーキを美味しそうに食べて、再び仕事に戻った。
 今日の出張は屯所だけだったので、それからはからくり堂を出ることはなかった。しかし日ももうすぐ沈みそうな夕暮れ時、不意に源外が「あーっ!」と大声を出した。どうしたのかと訊いてみたところ、備品を買い忘れたそうだ。
「おい燕、お前今から買いに行ってこい」
「ええー…今からですかィ」
「良いじゃねえかちょっとくらい」
 もうすぐ上がる時間なのに、と時計を見て、仕方なく燕は店に向かった。
 早く家に帰ってゆっくりしたいので自然と早足になる。――それは仇になったのか、トンと肩が誰かにぶつかってしまった。「スミマセン」早口に言って先を急ぐ。しかしながらそれは男の太い腕に遮られた。
「おい嬢ちゃん、詫びの仕方がなってねーな」
 男は二人。双方とも佩刀している。このご時世に堂々と佩刀している者など、幕府の者かその敵しかいない。二人の言動からして前者はあり得ないだろう。
「…済みません、急いでいたもので」
 今度は体をちゃんと彼らに向けて、はっきりと詫びた。それに気を良くした男は図々しく燕の肩に腕を回した。
 思わず、燕は眉をひそめる。
「そう思うならよォ、ちょっと俺たちに付き合ってくれよ」
「(こいつ話聞いてないのか)…急いでいるので」
「連れねーなァ」
 パンッ。付き合いきれず燕は男の腕を払い落とした。瞬間、彼らの雰囲気が変わる。
「なに調子に乗ってんだ?」
 ああやってしまった。表情には出さないが燕は胸中で心底悔いていた。もう少し柔らかに断れば良かったが、今更悔いたところで現状は変わらない。燕が居る場所は大通りから少し外れた場所にある。助けを求めようにもここからでは無理があった。男の一人が燕の腕を引っ張る。「取り敢えず来てもらおうかねえ」「へへへ」男の背を睨みつけ、燕は思った。“笑ってんじゃねーよ”
 足に力を入れて踏みとどまろうとしたが、背後の男にドンと背中を押され動いてしまった。このまま連れ去られてしまうのかと冷や汗が流れたその時、不意に腕を引っ張っていた男が立ち止った。燕はそのまま止まることができずその男の背に顔をぶつけてしまう。
「…あ?何だお前」
 痛む鼻を手で押さえて、男の背後からこっそり顔を覗かせる。「…あ」見覚えのある姿に無意識に声が漏れ出る。
「バカッ…おい逃げるぞ!そいつ真選組―――」
 ドサリ――。一瞬きした時には既に背後にいた男は地に伏せていた。そしてオレンジが一閃したかと思えば、燕の腕の痛みは消えた。燕の腕を掴んでいた男も、一瞬の内に倒されている。
「あの…」
「…」
 コンビニで出会った、無口でよく分からない真選組隊員(らしき人物)。そのオレンジ髪は急に燕の手を取ると彼女の了解も得ずに袖をめくった。白い腕に、真っ赤な手の跡が残っている。
「終!!」
「あれ…土方さん…」
「おま、霧島!?何でここに…ていうかどういう状況?」
 燕の腕を凝視している終(しまる)という男に困惑した顔を向ける土方。それはこっちが訊きたいと言わんばかりに土方を見つめると、彼は倒れている男たちに目を向け襲われたのかと訊ねてきた。
「あー…多分」
「多分て何だオイ。まあ終が助けてくれたみてーだな、怪我は?」
 その問いにオレンジ髪はぐいと燕の腕を掴んで、土方に赤い跡を見せた。
「結構酷いな。手当てするか」
「いや別に…」
「気にすんな。おい山崎、お前病院までこいつを…って終!?」
 燕の手を取って歩くのを促すオレンジ髪。どうやら案内してくれるらしい。
「珍しいですねェ終兄さんが」
「あ、沖田さん」
 ひょっこり顔を見せた沖田にこっそり訊ねる。「この人は一体?」
 真選組三番隊隊長・斉藤終。アフロの狼、通称・アフ狼と呼ばれていると沖田は説明してくれた。分かりそうでよく分からない、特に後半が。アフロの狼って何だ。彼によると彼はかなりのシャイな人で、彼自身斉藤の声を聞いたのは二年前らしい。そんなのでよく公務員が務まるなと思ったが、燕は言わなかった。
「で、何でこの人、シャイのくせにこんなにもあっしを気遣ってくれるんですか」
「そりゃァこっちのセリフでさァ。霧島さん、終兄さんに何か貸したんじゃないんですかィ」
「貸し?」
 そういえばコンビニでお弁当を温めてくれと代わりに頼んだ。もしかしてアレか、アレなのか。
「多分それでさァ」
 沖田も納得したようにふんふんと頷いている。たかがあの程度でここまで甲斐甲斐しくしてくれる人も珍しい。燕は関心して斉藤を見つめた。少しだけ、彼に興味が湧いた。オレンジの髪を見つめ、燕は斉藤のされるがままに歩を進めた。
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