思ったよりも人はあたたかい


「え……」
 そう、本当に、予想外だった。まさかここで国のトップが現れるなど誰が予想しようか。
「…そこの者が霧島燕殿か」
「…ぁ…」
「しょ、将軍様!此奴はかの大罪人、吉田松陽の娘で国家反逆の疑いがある卑劣な人間で…」
「立場を利用し、罪をでっち上げた貴様のほうが卑劣だ。控えよ」
「…っ!!」
 茂茂は眼光鋭く人を射すくめ、その場の反抗的な者たちを黙らせる。彼は黒蟻に近づきながらこう述べる。
「先程老中の者たちに確認を取ってきた。誰もがここの存在など知らぬと言っていた」
「…ッ!!」
 当たり前だ。“黒蟻”は非合法組織。幕府が存在を認めるわけにはいかない。彼は老中に見捨てられたのだ。
「無害な一般市民を私怨で捕え、有りもしない罪で裁こうなどという蛮行、決して見過ごすわけにはいかぬ。捕えよ」
「はっ」
「待ってくれ将軍!私は…!!」
 あっという間に拘束され、黒蟻は連行されて行く。燕はその動きをポカーンと見つめるしかなかった。「燕殿」やがて茂茂が燕の眼前に立つ。ひどく優しい顔をしていた。
「申し訳なかった」
「えっ…」
「そなたのような存在を生み出してしまったのは予が力不足だったからであり、予は…」
「あのッ…将軍様の所為じゃありません。頭を上げてください」
「いや予の所為だ。“黒蟻”など、妹の友達が教えてくれるまで全く知らなかった」
「友達?」
「私のことアル!」
 はいはーい!と手を挙げて自己主張する神楽。「私が将ちゃんに伝えに行ったアル!」「黒蟻を手っ取り早く叩くには将軍に出てきてもらったほうが確実だと思ってな…俺が指示したのだ」桂の言葉に燕は成程と納得する。
「……そなたは大事な民だ。そなたのような理不尽な思いをする者が減るように尽力してゆくつもりだ。だからどうか…その怒りを鎮めてはくれないだろうか…」
「………」
「無論、予や幕府の者たちが悔い改めてもそなたの両親が帰ってくるわけではない。だが…」
「もう良いです」
 茂茂の言葉を遮り、燕は告げる。「もう、良いんです」自嘲の笑みを作り、俯く。
「…元々誰にも迷惑かけないようにと考えてたんです。一人でやろうとして、色んな人を突き放したりしてたのに、万事屋さんや斉藤さんを巻き込んでしまった時点でこの復讐は失敗……私はこれからどうすれば、何をすれば良いか分からないし、もう…良いんです」
「燕殿…」
「何言ってんだ、オメーまだやることあんだろーが」
「!」
 飄々とした銀時の物言いに、燕は驚いて彼を凝視する。彼は後頭部を掻きながら言った。
「お前俺のスクーターまだ直してねーだろ。あれ直さねえ内はどこにも行かせねーからな」
「銀ちゃんどうせ金払わないつもりネ。燕、銀ちゃんには体で払ってもらうヨロシ」
「おっ。優しくするぜ?ヘバッ!?」
「アホ言わないでください。働いて返すっていう意味ですよ。ね、神楽ちゃん」
「そうアル。これだから銀ちゃんは不潔ネ」
「俺だけが不潔なんじゃねーよ!大人は皆汚いんですー!!」
「とりわけ銀さんは不潔です」
「ほんとアル。暫く私と燕に近づかないで」
「お前ら後で覚悟しとけよ」
 (…バカな人たち)微かに、燕は笑う。目尻に溜まる涙を零さないようにこっそり目を瞑る。
 ――そんな彼女を見ていた斉藤は、安堵したように息をついた。
prev | top | next
back