愛すべきダチ公


 ――――カタカタカタカタ。
 絡繰が畳を歩いている。車輪がイグサを巻き込んで畳が痛む可能性があったが、彼は構わなかった。ぜんまいを巻いてはもう一度、もう一度と、彼は絡繰を動かし続けていた。
 そんな折、ふと襖越しに気配を感じ取る。入れと促すと音も立てずに襖が開いた。
「……無事でござる」
 入室してきた河上は開口一番そんなことを述べる。なんのことか分かっていた彼は、そうかと口にすると絡繰を止めた。
「良かったでござるな…まァ、終わり良ければすべて良し、でござる」
 河上の物言いに彼・高杉はフッと笑う。
「………だったらお前さんの独断行動も咎めるべきじゃねえってか?」
 言うと、河上は肩を竦める。気づいていたでござるか、と河上が言うと高杉は当たりめえだと紫煙を吐いた。
「…勝手に動きやがって」
「済まぬ。彼女に何かあって、これ以上晋助の機嫌を下げることになっては困ると思ってな」
「………フン。そのおかげで真選組監察に目ェ付けられたんだろーが」
「言った筈でござる。終わり良ければすべて良し、と」
 調子の良い野郎だと、高杉はムッとして煙管を吸った。
 傍に置いてあった絡繰を手に取って、高杉はまじまじと眺める。この間直してもらったおかげで絡繰は新品のようであった。そんな絡繰を一撫でしてから懐にしまって、高杉は立ち上がった。
「どこへ行くでござる」
「お礼参りしなきゃいけねーだろ」
「……井久間のところでござるか」
「いいや」
 蟻を踏み潰しに行く、と高杉は述べる。チリチリと灼かれるような感覚を胸に抱きながら腰に刀を差す。早く刀の錆にしたかった。
「……井久間を殺さないでござるか」
「…――あいつは殺さなかった。復讐を誓ったのに……そんなあいつの想いを潰すわけにはいくめェ」
「意外だなぁ。おめーがそんなこと言うなんてよ」
 高杉は振り向く。視界にはお猪口を片手にそれまで居ないも同然のように静かだった、平賀源外が座っているのが映った。
「おめえさんにそんなあったけえ情があったなんて知らなかったぜ」
「あったかくなんかねーさ。ただ、あいつの考えに同感なだけだ」
「………なぁ…これ以上燕をかき乱すような真似はしねーでくれるか」
 静かに言う源外に、高杉は目を細めた。
「あいつは漸く落ち着いてきたんだ。おめえさん、黒蟻を殺りに行くんだろ?殺るんなら暫く燕には関わらないでほしい。あいつは一般人なんだ。きっと動揺して…」
「ハッ。事に勘づいて俺を頼った奴とは思えねえ発言だな。……まあ、俺は動けなかったから結局ヅラに借りを作るはめになったが」
 ぐっと詰まる源外に高杉は鼻で笑う。高杉は彼を一瞥すると襖を開けて部屋を出た。
「だがお前が早い段階で燕のハッキングに気づき、俺に情報を寄越したのは良かったと思うぜ。…やることはやった、今は気分が良い…あいつの尻拭いくらいはしてやる」
「お、おい……」
「心配すんな。黒蟻を殺った疑いがあいつに向かねえようにはしてやるさ」
 じゃあな、と言って高杉は姿を消す。
 今夜は綺麗な月が出ている。内緒事を起こすにはとても良い夜だ。あんなことをしていて処刑にならない黒蟻の為、月も見物客のように今夜は輝かしい月光を地に注いでいる。高杉は刀の柄を撫でて微笑む。目指すは小窓からしか月光が注がれない薄暗い牢獄。松陽も体験した、あの閉鎖的な空間だ。
 向かう途中、鮮やかな花が咲いていた。名はポーチュラカというのだが高杉は花に造詣がなかった為知らなかった。が、鉢が置いてある建物を見上げて彼は薄く笑みを浮かべた。
「……汚れ役は俺に任せな」
 高杉は独りでに呟いた。それは誰の耳にも届かなかったが、彼は確かに、誰かにそう告げていた。
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