愛すべきダチ公
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暗い地下室。冷たいコンクリートを剥き出しにしたその一室は書庫のようなところで、棚にはたくさんの本や資料が入っているが収まりきれずに地面を埋めている場所もある。そこには女が一人居て、ぼやけた灯りを頼りに本を探していた。
やがて女は目当ての本を見つける。それは乱雑にまとめられた資料のようで、色褪せた青の表紙には何も書かれていなかった。女はそれを気にすることなく、自分の探していたものだと確信してページをめくる。
「……やっぱりあなたが見逃したのね」
記載されていた内容に女が呟く。黄ばんだ紙に紡がれた文字は時を経て滲んでいた。少し読みにくいが、大体のことは理解できた。女は読み終えると資料をパタンと閉じ、色褪せた青の表紙を人差し指で撫でる。
「本当にらしくない」
淡々と述べる。コンクリートに跳ね返って、その音は彼女の鼓膜を震わせた。
彼女が見ていた資料は残党狩りの顛末を綴ったものだった。それは表向きのものではなく、裏のもの。そこには吉田松陽のことや彼に賛同した者のことなどが書かれていた。おそらく黒蟻はこれを見て霧島燕が生きている事実を突き止めたのだろう。
女は資料を棚に戻しはしなかった。ただひたすら人差し指で表紙を撫でる。どうしようかと言うように指はくるくると円を描く。
「まだそんなところに居るんですか?埃っぽいし早く出てきてくれませんかねえ」
そんな中、廊下からのほほんとした声が聞こえた。彼を待たせていることをすっかり忘れていた女は、傍らに置いていた刀を手に取ると、資料を空中に投げた。
――シュパンッ!!
銀が一閃し、資料はあっという間に空中でバラバラになる。
「あらあら良いんですか、そんなことして」
「良い。これはもう、誰も必要としない」
資料だった紙屑を踏みつけて女は部屋を出る。
女の脳裏には牢に入れられても尚、嫋やかな笑みを浮かべていた男の姿が蘇る。彼はいつでもそんな笑みを浮かべていたが、心配そうに眉を寄せた場面が一度だけあった。それは自分の顔などまともに覚えていない肉親の心配をしていた時だった。
『あの子には無理をさせたから……これ以上傷ついてほしくないんです』
男は実子とそれの母の安穏を気がかりにしていた。とりわけ実子に関してはひどく思い詰めていた。――烏…否、朧はそれを知っていたのだろう。
「烏が餌を啄まないなんておかしいとは思わない?」
「急に何ですか…この前からおかしいですよ、貴女」
「おかしいのは私だけじゃない」
朧は二度も彼女を助けた。まったくもって彼らしくないと女は思う。そして今の自分の行動も、らしくなく松陽の気持ちを汲んでいるようで嫌だった。
「まあ良いです、エリートにも息抜きが必要な時もありますから。信女さん、ドーナツでも帰りに買いませんか」
「賛成」
今井信女は振り返らずに歩き出す。霧島燕の姿を思い出しながら、松陽に重ねながら、一度も振り返らずに歩いた。