「あの、一緒に映画を観ませんか?」
いつものように黙々と作業に没頭していた私の聴覚センサーに、ナマエの控えめな声が届く。いつもは私が作業中は声をかけてこない彼女が、珍しく話しかけてきた事に少し驚き手が止まる。声の方……自身の足元に視線を向けると、頬を高揚させたナマエがいた。どこか興奮しているようで少し身体が揺れている。
「なんだ君か。ところで、その言葉は私に向けて言ったものか?」
「えっと、はい! ラチェット先生と一緒に観たいと思って」
どう見ても作業をしているのだから、ナマエもそれを分かっているはずなのだが。私に言ったわけではないよな? と、そのような思いを込めていたが、珍しく彼女は意図を汲んでくれず、弾んだ声で再度伝えてくる。一度深く排気し、誰が聞いても分かるようにと理由を話す。
「すまないな、私は見て分かる通り忙しいんだよ。ミコと一緒にでも観てきたらいい」
「……息抜きに、少し観るっていうのはダメですか?」
「あー、なんだ。私は人間が作った映画なんてくだらないものを観ている時間はないんだ」
いつもは聞き分けの良いナマエが、すぐに引き下がらなかったのはミコ辺りの入れ知恵だろうか。とにかく私はこの作業を続けたい。彼女には悪いが、わざと強い言葉で私の気持ちを伝える。流石にその様子を見てナマエは素直に作業台から離れていった。
ナマエの表情が陰っていた事が少々気になるが……私が気にするような事じゃないだろう。そう考え目の前の作業へと頭を切り替えた。
先程のナマエの表情が頭から離れず、作業に集中出来ない。スパークに謎のざわつきを感じるがその原因も分からないままだ。一度落ち着くべきだ、そう考えてゆっくりとレンズを閉じた。微かな音が聞こえる。何だ? 疑問に思いレンズを開けた途端、聴覚センサーに甲高い声が響く。
「ラチェット! ナマエが悲しそうな顔をしていたけど、何か言っちゃったわけ?」
「うわあ! 驚かすなよミコ! ……ナマエが?」
ミコが作業台に立っていた。おい、君が乗っているものはまだ使うんだぞ! なんて言う暇もなく、彼女はナマエの様子を告げてくる。まるで私のせいで彼女が落ち込んでいるかのような非難の口調で!
「その反応……図星ってわけね」
「別に私は事実を言っただけだぞ」
何が図星なんだよ。本当に私は間違った事は言っていないはずだろ。それにナマエは、まあ私のパートナーな訳だ。今までだって他の子供達と違って私の邪魔にならないように考えてくれていた。今回もきっと理解してくれたはずだ。ただミコが言うようにいつもと違って落ち込んでいた、ような気がする。そのせいで私は作業に集中出来なかったのだ。私が無言で考えているのを見たミコは痺れを切らしたのだろうか、片手を上げ挑発的な表情を浮かべる。
「ふーん、別にいいけど〜。ナマエならオプティマスが慰めてたから。もしかしたらオプティマスとパートナーがいいってなるかも、応援しちゃおうかな!」
「……私はそうなっても別にいいが、オプティマスの負担になるかもしれない。だからだな……」
彼女がオプティマスのパートナーになるだと? そうなれば確かに私の負担は減るが……。彼の負担になっては元も子もない。しかし、彼はお人好しだ。頼まれたら二つ返事で引き受けてしまうかもしれない。それは駄目だろう、私は別にパートナーでなくなってもいいが! そう、別に私は……大丈夫だ。嗚呼、考え過ぎて排気できない熱が溜まっていくようだ。
「ラチェットったら、素直になればいいのに! 二人はあっちの方だよ」
「な、何を! 私はナマエに特別な感情とか抱いてないからな!」
「はいはい」
ミコの全てお見通しだというような態度に、私の何が分かるんだ! と問い詰めたくなる。だがそんな態度よりも、今はナマエの元へ行くのが先だ。彼女は私が責任を持って、見てやるべきだったんだ。ミコの揶揄う声に返事をせず、慌てて二人がいる方へと向かった。
二人を見つけると何やら話しているようだった。それにあまりにも……か、顔が近くないか? そんな距離で話すような仲なのか!?
「ナマエ! オプティマス!」
見つけたら言おうと思っていた言葉は、全て頭の隅に追いやられてしまう。近い距離の二人をどうしても見ていたくなくて、自分でも驚く程大きな声が出た。すると二人はポカンとした表情で、こちらを振り向いた。
「どうしたんだラチェット、そんなに慌てて」
「ラチェット先生……?」
「いや、その……ふ、二人は何を話していたんだ?」
「? ああ、ナマエが映画を観たいと言っていてね」
私だけ慌てているのが恥ずかしくなって、とりあえず質問をしたが……ナマエはオプティマスにも言ったのか。スパークがじりじりと痛み出す。確かにオプティマスの方が私より人間に歩み寄っていて優しいだろうさ。彼の負担になる事以外は願い叶ったりのはず。それなのに、言い知れぬ怒りのような感情が私を支配していく。
「オプティマス、彼女は私のパートナーだ。一緒に映画だなんて……君の手を煩わせられない」
「! 先生……勘違いを」
「ナマエ! 君も君だ、私と観たかったんじゃないのか?」
ナマエが慌てた様子で何かを言っていたが、私はそれを聞く事なく思いの丈を吐き出していく。この歳になって、こんなに感情的になった事はあっただろうか。きっと二人も呆れているに違いない。でも駄目なんだ、こうでもしないと燻る熱は回路を焼き切ってしまう。ああ、冷静になれラチェット。私は軍医だぞ、こんな事で平静さを欠くな。
「ラチェット落ち着いてくれ。さあナマエ、君の悩みは解消されたね」
「ありがとうオプティマス」
……? てっきり二人は私に呆れ果てている、そう思っていたが様子がおかしい。悩みが解消された? どういう事だ、何故こちらを微笑ましそうな目で見るんだオプティマス。先程までの黒い感情が消えていく。処理出来ない状況に思わず言葉が漏れた。
「……待て、一体何の話だ」
「それは後で彼女に聞くといい」
「ラチェット先生、本当にありがとうございます。私、先生とこうやってゆっくりと過ごすのが夢だったんです」
「……いや、私も随分と大人気ない言葉を投げかけてしまい申し訳なかった。君とこうやって過ごすのも…悪くない」
オプティマスは先程の言葉の後、ゆっくりとナマエを掌から下ろし、行っておいでと私の方へと送り出した。その後、混乱しながらも彼女に促され、私はモニターの前へ座っている。本当に大人気ない態度を取ってしまった。そう伝えれば、気にしていませんと言う。ナマエを見ると私の視覚センサーはイカれてしまったのか、彼女から花が出ているように見える。一体私はどうなっているんだ。
まさか地球に来て、戦いの事を考えずに地球人のパートナーと映画を観るなんて思ってもみなかった。だが、ナマエの嬉しそうな様子を見ていると、ゆっくりと息抜きするのも……まあ悪くない提案だったと思う。彼女が映画を再生する前に、一つだけ聞いておかなければならない。ボタンを押そうとする手を静止させ、私は疑問を口にする。
「ところで……オプティマスとは何を話していたんだ?」
「先生と一緒に映画を観たい、けどどうしたら一緒に観てくれるのか!の作戦会議です」
は?
「先生? 大丈夫ですか?」
待て待て待て! わ、私はとんでもない事をしてしまったのではないか。気が動転して固まった私を、ナマエは心配しつつどこか満ち足りた様子で見ている。
「……マジかよ、それじゃあ私はなんて馬鹿な勘違いを」
ああ、笑ってくれ! 結局私は映画なんて観た記憶なんて、微塵も残らなかったのだから!
(メモリーに残っているのは、私のパートナーの可愛い笑顔)