暴かれた想い

いつも通り私はハンターという課せられた役割をこなしていた。例え追うサバイバーの中に恋人がいたとしてもだ。そして運悪く……と言うのが正解かは分からないが、最初に出会ったサバイバーが恋人のナマエであった。
内心溜息を溢しつつ、私は彼女を追う。試合中に贔屓はしない、それは彼女との決め事であった。所謂“追いやすい”サバイバーであるナマエを追わない選択肢はなかった。それも彼女は分かっていたのだろう。私を視界に捉えた瞬間に背を向けて走り出す。私が追いにくいルートを、というより今回のマップはホワイトサンド精神病院であったため何処を追っても基本的に追いにくい事に変わりはないが。私にこのマップを宛がった荘園には後程苦言を呈いても問題あるまい。
遂に彼女に追い着いて、手に持った獲物を振り上げた瞬間だった。視界が黒く塗り潰され、室内にあったピアノが嫌な不協和音を奏でた。彼女の小さな悲鳴が聞こえると同時に、ガチャンという鍵が掛かった音が反響する。

「これは…」

手を下ろし辺りを警戒しつつ見渡す。見た限りあった変化は“窓”だった。常時開放されているような状況であったが、今は全てが閉まっている。不意に気配を感じてそちらに視線を向けると、おどおどとした様子のナマエが此方を見上げていた。

「ナマエ、一旦休戦だ」
「そう、ですね」

不安の色が浮かぶナマエの頭を軽く撫でてやる。休戦を申し出たのだからこれくらいのスキンシップは許されるだろう。彼女に手分けして室内の異変を探すように伝え、私は本来ならチェイスで使用される窓枠へ向かう。そこにも普段はなかった筈のガラスが嵌め込まれており、この部屋を密室へと仕立て上げていた。
開いていないのであれば開ければいい。そう思いナイフを構えてガラスへと振り下ろした。ガァンという音と共に手から腕に鈍い痛みが広がる。手がナイフを握っている事が出来なくなり、床へと滑り落ちた。

「っ!」
「大丈夫ですか!?」

思わず口から洩れた呻き声に、ナマエが慌てて走り寄って来た。痺れが残る腕を動かし、床に落ちた獲物を拾い上げる。チラとガラスに視線を遣ると、傷一つ存在しない様子のままだ。

「ああ、大丈夫だが……私の力でも割れないとは」
「これって閉じ込められたって事でしょうか?」
「そう考えて間違いはないだろうな。……そんなに不安な顔をしないでくれ。私が何とかしてやるから」

心配させないようにそう言ったが、状況を打破する目途は全くと言っていい程立っていなかった。次は室内に何か手掛かりでもないかと、彼女と再び捜索へと戻る。

「ルキノさん! これを見てください!」
「そんなに慌ててどうした……それは?」
「あそこに置いてあって、それで内容が……」

暫く経った頃、ナマエが声を上げて私を呼ぶ。部屋隅で何か見つけたらしい彼女の手には折り畳まれた紙が握られていた。外に出る手掛かりだと思うのだが、それにしては彼女の様子が優れない。なかなか内容を伝えないナマエの手から紙を抜き取り、内容を確認する。

「【どちらかが相手を怖がらせないと出られない部屋】?」

文字は読めるが書いてある文字列を理解出来ない。これはナマエも言いたくない訳だ。思わず顔を顰めてナマエに視線を向けたが、彼女も首を振り分からないと答える。

「どういった状況かあまり理解出来ていないんですが、これって相手を怖がらせたら出られるって事ですか?」
「その認識で合っていると思うが、悪趣味だな」
「悪趣味なのは前からですけど……はあ」

ナマエの溜息が静かな室内に響く。私も同じく溜息を吐きたかったが、さてどうしたものか。傷一つ付かなかったガラスの事を考えると、このふざけた条件は絶対なのだろう。彼女が私を怖がられるなど到底出来るはずもあるまい。つい出てしまいそうになる溜息を押し殺し、俯いているナマエへと声を掛けた。

「怖がらせるのなら私の方が適任だろう」
「ルキノさんが?」
「ああ、すまない」
「う、わ!」

先程までハンターとしてナマエを追っていた自身が言う台詞ではないとは思うが、彼女を傷付けてしまう事に対する一種の罪悪感だったのかもしれない。私の謝罪の言葉に怪訝そうな表情を浮かべていたナマエの顔が、驚愕の色へと塗り替えられる。

「ちょ、ルキノ…さん……っ、ぐ…」
「……」

ナマエの口から苦しげな声が漏れる。それもそのはず、私の尻尾によって彼女の身体は拘束されているからだ。骨を折ってしまわない程度の力で、しかし痛みから恐怖を感じる程度に徐々に力を込めていく。まるで獲物を捕らえた蛇のようだ。開く気配のないこの状況に焦燥感が募っていく。これ以上ナマエを苦しめたくない。早く開いてくれ!

「ル、キノさん…これ…じゃ、あかない…」
「……何故だ」

締め付けから解放されたナマエが激しく咳き込む。慌てて背を擦ろうとして、手が止まった。一体誰の所為で彼女が苦しんだんだ?私だろう。中途半端に宙で止まった手を下ろし、私は彼女から僅かに距離を取る。その間に息を整えたらしいナマエが此方を見た。

「私ね、ルキノさんの事を怖いだなんて思えないんです」
「どうして……君にあんな事をしたんだぞ!」
「うん、あんな事をされても怖くない」

穏やかな笑みを浮かべ、ナマエは私の元へ歩み寄ってくる。私が取った距離もすでになくなってしまった。ナマエは慈しむようにするりと私の手を取り包み込んだ。

「……これじゃあ外に出られないだろう」
「じゃあ私がルキノさんを怖がらせてあげますよ」
「君が私を?」

彼女が私を怖がらせるなんて到底無理だ。しかし、それ以上に私がナマエを怖がらせる事も出来ない。どのようにしようかと考えているらしい彼女を今度は優しく抱きかかえ、椅子に腰を下ろした。彼女を膝に乗せたまま、私はぼんやりと揺れる頭を見つめていた。

「わっ!」
「うん? どうしたのかね」
「怖くなかったですか?」

急に大声を上げたナマエにどうしたのか尋ねると、どうやら私を怖がらせようとした行動だったらしい。そのような可愛らしい威嚇では子供であっても怖がる事はないだろう。そう告げてやれば、ナマエは拗ねたように視線を逸らした。これだと本当にいつ此処から出られるか分かったもんじゃない。いよいよどうしようかと思考しようとしたその時、彼女が恨みがましい目で見ている事に気付く。

「そんな目で見つめられても、何にも怖くはないぞ」
「酷いですルキノさん! ルキノさんの事嫌いになっちゃうかも…」
「は?」

カチッという音が室内に響いた。きっと何処かが開いた音に違いなかったが、私は動く事が出来なかった。辺りをきょろきょろと見渡したナマエが嬉しそうな表情で声を掛けてくる。

「何故か分からないけど開いたみたいですね! よかった……早く出ましょ…う……?」

膝から温かみが消え、ナマエが下りた事が分かる。それでも一向に動く気配のない私を不思議に思ったのか、ナマエはそっと覗き込んだ。

「大丈夫ですか?」
「何故…開いたと思う?」
「えっ?」

困惑の色を浮かべるナマエの回答を待たずに、私は更に続ける。

「条件は相手を怖がらせる事。私は君を怖がらせていないよ」
「それじゃあ私がルキノさんを怖がらせたって事ですか?」

どうやって?そう目で訴えてくるナマエを抱き締める。驚きで零れた小さな声を無視して、私は彼女を逃がさないように少しだけ力を込めた。

「怖かったのだよ、君に嫌われる事が。何も怖いもの等ないと思っていたが、君が嫌いと口にした瞬間にどうしようもない恐怖に囚われたのさ」
「……」
「笑ってくれてもいい。だが、私の事を嫌いにならないでくれ…」

止める事は出来なかった。懇願するような台詞はまごう事なき本心で、いくら隠そうとも無駄だった。腕の中のナマエは何も話さない。ああ、いっその事このまま時が止まればいい。自暴自棄な考えが浮かんで来た時、彼女は笑った。

「嫌いになんて、なりたくてもなれないです」

冗談でもそう言ってごめんなさい、そうナマエは呟いた。そして小さな腕が私に伸ばされる。腕の中の暖かな彼女は、私の胸元へ顔を寄せた。

「だからルキノさんも私の事、ずっと好きでいてくださいね」

既に扉は開いている。だがもう少しだけ、私はナマエと此処に居たかった。