どうして、どうして?

※アオキさんの愛が重い

「どうしておれの言う事を聞けないんですか」
その言葉に彼女は泣きそうな目で此方を見ていた。

以前より彼女には伝えていた事がある。いくら友人だと、知っている人だからと言って危険ではないとは限らない。遅くなるのであれば迎えに行くし、彼女が呼べばすぐに飛んで行くと常々言っていた。
彼女に必要とされたい、彼女に求めてほしい。平凡なる自分には過ぎた望みだと理解していたが、それでもそう思ってしまったのだから仕方がない。あわよくば彼女には自分の思いを全て受け止めて、そして大きな愛を差し出してほしかった。胸の内で燻り続けてきたその思いが漏れ出す前に、彼女から離れるべきだったのだ。彼女はまるで遅効性の毒のようで、気が付くと自分は状態異常になっていた。冷静な判断など出来るはずもない。

どうしても友人と飲みに行きたいと、普段我儘を口にしない彼女のお願いだからと許したのが最初の間違いだった。この時間までに帰ってきてくださいと伝えた時間を過ぎても、玄関のドアが開かれる事はなかった。久々だからと、少しくらい遅れてもいいと思ったのが二つ目の間違い。自分が許容出来る時間は遠に過ぎ去って、例えまだ酒宴真っ盛りであったとしても連れ帰ろうと立ち上がった時だった。チャイムの音が鳴り響く。彼女が帰って来た?いや、彼女ならわざわざ鳴らさなくとも鍵で入って来れる筈だ。
玄関を開けた自分の目に飛び込んで来たのは、楽しそうに笑う彼女と見知らぬ男。全身の血が沸々と煮え立っていく。気が付くとリビングに居て、彼女はヘラヘラと笑いながらソファに座っていた。彼女の様子から自分が粗相を犯していない事は理解出来たが、それは重要ではない。

「楽しかったですか?」
「楽しかっ…」
「自分との約束を破って、楽しかったですか」

彼女の笑みが崩れる。問い掛けられている言葉の意味が理解出来たのか顔色が悪くなっていく。酔いも冷め切ったのか、顔色を窺うように遠慮がちに此方を見る彼女に苛立ちが募っていく。

「あの、アオキさん……ごめんなさい」
「はい、いいですよ……と言うのは簡単ですが、謝った理由は何ですか?」
「伝えていた時間より遅くなってしまったので……。だから怒ってるんです、よね」
「違います」
「えっ?」

否定の言葉を口にする自分に、彼女は目を見開いた。彼女に詰め寄り、逃がさないようにソファと腕で閉じ込める。自分から目を逸らした彼女の輪郭を緩やかになぞり、顎を捕らえて此方へと向かせる。

「そうなってしまった結果は、もう仕方ない事です。しかし、自分との約束より友人との時間を優先したその事実が……どうにも認められない」
「アオ、キさん……」
「自分はこれでもあなたを大切にしてきたつもりです。ナマエさんの願いなら極力叶えようと。たった一言、連絡を入れる……それすらも出来ないくらいに彼等との時間の方が良かったのでしょうか」
「ち、ちがっ!」
「家に来た男だって、もしかするとあなたに恋慕を抱いていたかもしれない。そんな男と連れ立って歩く危険性が分からない程、ナマエさんは子供だったのですか?」

自分の責め口に可哀想になる程、青褪めて身体を震わす彼女を見ながら考える。一人では危機管理すら出来ないのなら、もういっその事自分がする他ないのではないか。手を下に滑らせて、彼女の白い首筋をそっと触った。此処に鉄の印を着けて繋いでおきたくなる。

「ナマエさん、分かりました。今後外に出る時は自分と一緒に出ましょう」
「え、な……どうして?」
「これでも譲歩したつもりですが。本当はずっと此処に居てほしいし、誰にも会ってほしくないんです。それを、ただ自分と共に行動する……それだけでいいんですよ」

わかりました、とその言葉だけを求めた口からは、嫌だという明確な拒絶の言葉が溢れた。
何故。自分のこの思いをどうして彼女は受け入れてくれない?
掴んだ彼女の肩に自信の指が食い込んで、彼女は僅かに声を漏らす。離してやらないと、そう思うのに。此処で離すと彼女が逃げてもう二度と自分の元に帰って来ないような気がした。

「どうしておれの言う事を聞けないんですか」

泣きたいのは自分の方だ。