「何をしてるんですか」
その声に顔を上げると、困惑の色を浮かべたアオキさんが此方を見ていた。僅かに視線が揺れる様子からも、彼が私の行動をどう解釈すればいいのか考えあぐねているのが分かる。別に変な事をしているつもりも、敢えて隠すつもりもないんだけどな……。
「パピモッチセラピーです!」
「パピモッチセラピー?」
「はい。こんな感じに……」
抱き締めていたパピモッチを掲げながら朗々と答える。掲げた瞬間に緩い声で鳴いたパピモッチがあまりにも可愛くて、思わず頬擦りしそうになるのをぐっと堪えた。そのままオウムがえしをするアオキさんに視線を送ると小さく頭を振られる。あっ、流石にセラピーだけでは伝わらない?パピモッチをそっと膝の上に戻した私はアオキさんってセラピーとか疎そうだしな、と少し失礼な事を考えながらパピモッチの背中に顔を埋めた。
「分かりました?」
パピモッチ吸いを一頻り堪能して顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたアオキさんだった。こんなにも分かりやすく実践までしたのに本当に分からない…?
「いや……余計に分からないですよ」
「アオキさんもネッコアラでやったりしませんか?」
「しません」
しないと即答するアオキさんの顔をじっと見つめてみたが、彼は首を横に振るだけだった。ネッコアラ吸いしないんだ……。確かに今までそんな姿を見た事はないけれど、疲れている時に癒しを求めて衝動的にしていてもおかしくないのに。
「ええ〜……どうして?」
心からの疑問が溢れ出る。そんな私にアオキさんは溜息一つ、片手で額を覆い少し黙り込んでしまう。しばらく無言の時間が流れ、これって変な事だったんだろうかと心配になってきた頃、ようやくアオキさんは口を開く。
「どうしてと言われても。自分には顔を埋めてるだけにしか見えないんですが」
「パピモッチ、しっとりすべすべで気持ちよくてほんのり甘い香りがするんです。まあ癒しを求めてって感じで……もちろんパピモッチが嫌がればやめますけど!」
別にポケモンが嫌がってなかったら、癒しを求めてしてもいいと思うのに。パピモッチに同意を求めるように頭を撫でる。沈黙は彼の今までの経験を洗い出していた時間だったようだ。熟考した結果分からなかったという事は、そういう経験なかったのかと思った瞬間だった。アオキさんが何かを思い出したかのような声を上げる。
「あ」
「やっぱりアオキさんもありました?」
「……」
「アオキさん?」
アオキさんの声に思わず前のめりになる。今まで知らなかった一面を知る事が出来るかもしれないと思ったら、食い気味になるのも仕方ないと思う。距離を詰めた私から逃れるように、アオキさんは視線をついと逸らした。
「怒られそうなので言いません」
「何!? 逆に気になるので教えてくださいよ!」
膝の上からパピモッチを避難させてから、更に詰め寄った。アオキさんはじりじりと後退しようとしたが、彼が座っているのはソファの上だ。いくら大きめのソファとはいえすぐに逃げ道なんてなくなる。
「……その、ナマエさんに似ているなと」
逃げ場を失ったアオキさんは観念したかのようにポツリと、曖昧な言葉を呟く。僅かに言い淀んだのがせめてもの抵抗のようだった。それでも視線を合わせようとしないアオキさんが叱られた子供のように思えてしまう。こういう姿をさらけ出してくれるの、本当に嬉しい。というところまで考えて、彼の似ているという言葉の真意にはたと気が付いた。
「似ている……? え、あっ」
「…………」
アオキさんが似ているって言ったのは、私がパピモッチの良さを語った後で。それに怒られると目を逸らした彼の行動を考えると……。
「アオキさんの……えっち…」
今度は私が目を背ける番になってしまった。顔が火照ってしかたない。こんな事ならアオキさんの言葉を深く考えなければ良かったと微かに後悔の念が顔を出す。
「ナマエさん」
急に耳元で名前を呼ばれて身体が跳ねる。慌てて顔を向けると、先程まで逃げ腰だったアオキさんがいつの間にか目前に迫っていた。
「いや、あのそういうつもりでは…ちょ、ちょっと!」
鋭い目付きになっているアオキさんから距離を取るために腰を浮かした瞬間、その腰を掴まれて彼の元へ倒れこんでしまう。うっかり溢した私の言葉に完全にスイッチが入ってしまったようだ。そんなアオキさんを止められるような言葉を探したけど見つからない。
「パピモッチをボールに戻してください」
「なんで……」
「今からは二人の時間で。自分も癒されたいので…いいですよね?」
こんなのはいって言う以外に選択肢なんてないじゃない。カチリ、とボールを閉める音がして、パピモッチの可愛らしい鳴き声は小さなそれに吸い込まれていった。