06
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「…す、すごいね」
「ああ、相当気合い入ってるな!」
どうしよう、仲直りする以前に話し掛けられるかわかんない。
染岡くんと仲直りするべく河川敷へやってきた僕と守は、現在物陰に身を潜めていた。正確に言うと、守は僕が瞬間的に巻き込んで一緒に隠れてもらった。発見した染岡くんはただひたすらゴールにシュートを決めていて、その気迫がすごすぎて話し掛けにくいどころの話じゃなかったからだ。
しかしながら、ずっと隠れている訳にもいかず。せめて声掛けのタイミングくらいは相談しようと振り返ると、しゃがんでいたはずの守は元気よく立ち上がっていた。
「……って守ー!?」
「染岡ー、ちょっといいかー!」
「えええぇぇ隠れた意味ないじゃんんん…!!」
相談する間もなく、すぐに呼びかけた守。驚いて僕も中腰くらいまで半ば立ち上がる。ああそうだ、そうだよね、思い立ったらすぐ行動する子だったっけ。ちっくしょー心の準備なんてできてないよー!?
うわぁぁぁと頭を抱える、もとい、サックスを抱えている僕の心境など露知らず、振り返りこっちを見る染岡くん。一瞬驚いたような表情を浮かべたけど、みるみる不機嫌な顔に。
「円堂。悪いが、俺はさっき言った通り…」
「ああ、わかってる。けど今は別の用事があってきたんだ。な、なまえ!」
「あ…う、うん。守は僕について来てくれただけで、その、ええと」
「……じゃあなんだよ」
ヒィィこっっっわ!まともに顔を合わせるという行動からして気まずい。辛い。そのせいで視線を下げてるから、表情はわからないけど。見なくても不機嫌だって雰囲気がビシバシ伝わってくる。
いや、たった一言、ごめんなさいって言えばいいんだ。けど、言えない。こわいし普通に嫌がられそう。ってかこわい。そして何より、素直に謝るという行為に対して、やっぱり心が追いつかない。身長の割に高すぎるプライドのせいである。頭でわかっていても、心の一部がぐしゃついて、嫌だもん等と吠え立ててしまって大変難しい。待ってくれ、どうしようどうしよう…!
どうすればいいかわからなくなって、自分と自分の板挟みにまた泣きそうになった時、柚の言葉を思い出した。
"伝えてこなきゃ、あなたが一番伝えやすい方法で"
…僕の大好きなサックス。一時間くらい前まで使っていたから、リードを少し湿らせば、使える状態で持ってきていた。
そっか、僕にはこれがある。
「あ、のさ、染岡くん。ちょっと聞いてもらいたいんだ…この子の音」
「…は?お前、ふざけてんのか?」
「ちっっがう、本気!本気だよいつでも!すぐに終わるから、ちょっとだけ…!」
威嚇されんのホンットにこええ…!!
ともかく、慌ててリードを咥えて、なんとなくの体感温度で、少しだけチューニングの抜き差しをした。同時に、頭の中で譜面を浚う。正直言うと暗譜は苦手だから、咄嗟に出来る曲も限られるわけだけど。…うん、これで行こう。
「…何する気だ?」
「んー…わかんねーけど、とにかく聞いてやってくれよ!きっとなまえのやつ、何か伝えようとしてるんだと思うからさ」
ありがとう、こういう時は察しのいい守には全力で拍手を贈りたい。
まだ不服そうな染岡くんを、今度はちゃんと顔をあげて見た。今は大丈夫、さっき言えなかったことも、今ならちゃんと言葉にできる。
頭と心を落ち着けないことには、この子達――僕の大好きな楽器達には向き合えない。その延長で今、僕は今この瞬間、無理やり大人しくなった。純粋にプライドを折ったわけじゃない辺り、僕、相当ズルいし頑固なんだろうけど、気づかれない限りは見逃してほしい。…さて、御託はここまでにして、本番だーー意を決して口を開いた。
「染岡くん、…いきなりあんなこと言われりゃ嫌に決まってるのに、それを考えないで怒鳴ったりして、自分勝手なこと言って…さっきは、ごめん」
…言えた。ちゃんと言えた…大丈夫、いける!
「けど、吹奏楽を遊びとか、ただ吹くだけ…って言われるのはやっぱり、嫌。だから聞いてみて欲しい。下手だと思うけど。僕達も、頑張ってるから」
そこまで言い切って、また下がっていた顔をあげ、サックスを構えた。
ーーみょうじなまえ、いっきまーす!
++++
暗譜…というより、指が覚えていた短い独奏。いつ頃だったか、練習曲として使っていた時期があった曲だから。
スタッカートやクレッシェンド、途切れないメロディー、一つ一つの音を大切に。1人で、教室で練習しているんじゃない。今、この河川敷全体に、空間を広げるように意識して。意識した空間にいる人全員に、音が曲として、意思として伝わるように。
ふぅ、と、息を一つ零す。やり切った今、今更ながら恥ずかしくなってきて思い切り俯いた。ああいや、人前で演奏すること自体は、そこまで恥ずかしくはないんだけど。
拙いソロで、気持ちや活動を、言葉の代わりに伝えようなんて、若輩者にはきっと、烏滸がましい真似だ。冷静になると本当に小っ恥ずかしい。でも…少しくらい、伝えられただろうか。
「…え、っと、…あー…その…」
「あの、あの、あのさなまえ、お前、すげーっ、ばーってなってふわって、ららーんって!」
「…ごめん守、よくわかんない。なんて?」
興奮した様子でばたばた…そう、ばたばたする守。正直何が言いたいのかまったくわからない。
何が言いたいのかと尋ねようとした言葉は、それを発する前に、染岡くんの予想外な言葉に遮られた。
「…良かったと、思うぜ」
「えっ」
「詳しくないからよくわかんねぇが、…確かに、ただ吹くだけじゃ無理だってのを、円堂も、俺も感じた」
そう言ってくれた染岡くん。ぴょんぴょんと守が跳ねてその言葉に同意している。これはもしかして、
「少しは伝え、られたのかな僕…!」
「はは、やったななまえ!」
「う、うん…!あっ安心したら膝震えてきた…」
わーっと僕も跳ねたくなった。が、膝が震えて物理的にそれどころではない。それに、確かに僕らのことについては、有難いことに伝わったみたいなのだけど、まだ全部は終わってない。僕と染岡くんの、仲直りについては…ちゃんとできるのかわかんないから。
守がひとしきり跳ね回り、同時に僕の膝も落ち着いた頃。組んでいた腕を解き、再び口を開いた染岡くん。
「あー、なんだ…その、俺も言い過ぎた。さっきの聞いてて、ちっと頭が冷えた」
「そ、そめおかくん…!こちらこそ、…本当に、さっきはごめん…!」
「元は俺が八つ当たりしたようなもんだ。…悪かったな。そんで、虫がいいのはわかってるんだが…俺も、もう一回、音楽室行ってもいいか」
「染岡、じゃあ…!」
「ああ。俺にも呼吸とやらを教えて欲しい。助っ人なんてできるかよくわからんが…サッカーに繋がるなら」
照れ臭そうにしながらも、しっかりと口に出してくれたその言葉に、今度こそ僕も跳びはねた。
「ありがとう!改めて、僕は吹奏楽部のみょうじなまえ。よろしく、染岡くん!」
「…おう。サッカー部の染岡竜吾だ。こっちこそ、よろしく頼む!」
守と一緒に染岡くん飛びついた。頑張りたい物があるのは同じで、誇りにしていることがあるのも同じで。きっと、物が違うだけで、頑張りたい物がある似たもの同士だ。そして今、結果を出す為の手段が同じの物になったんだから…なら、一緒に、頑張ろう。きっと、最初に思ったよりも、僕達は仲良くなれる気がするんだ。
繋がったタイの音符
(よし、戻ろう!…下校時刻もうすぐだから、今日はたぶん、何もできないけど!)
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