私的には衝撃



家の中で走れば転ぶ。学校で走れば転ぶ。なだらかな地面でも走れば転ぶ。走れば必ず転ぶ。私は10メートル以上を走ったまま進んだ覚えがない。
さらには走る以外のことについても常人よりもドジくさいというか鈍いというか。そのおかげで、不名誉な称号やあだ名を散々頂いた。


物心ついた時から、私にとっての走るということは、すなわち転ぶということだったのだ。




そんな私も今日から中学生になる。どこぞの漫画的主人公のごとく“中学からは心機一転、明るく楽しい学校生活目指して生まれかわってみせる!”なんてはりきることも、王道少女漫画のように“王子様のようにかっこいい先輩”なんてものに憧れることもない。ただ初日くらいは転びたくないなあ程度の願望を持って歩いていた。

ちなみに入学式は10時から。新入生の集合は9時15分までに。わけあって家を出発できたのが9時15分。この時点で既に遅刻だけど、だからといって走れば転んでもっと時間を食うので走らない。加えて、真新しい制服と履き慣れない新品のローファーをすぐには汚したくはないという気持ちもあった。



「君、まさか新入生ですか?」



家から歩くこと30分。遂に校舎の手前までやってきたけど、やっぱり誰もいない。さてどうすればいいだろうと考えあぐねているところへ、頬のこけた男性が声をかけてきた。たぶん教師、なのだろう。



「はい、遅れてすみません」

「全く、怒られるのは私だというのに…もう全員体育館に移動していますから急いで走りますよ」

「え、あの……」



当然の反応かもしれないが、正直あんまりいい人ではなさそうだ。
慌てた様子で体育館があるであろう方向へ駆け出した先生に困ってしまう。とりあえず突っ立ったままなのはいけないと思い早歩きで進むが、差は開くばかり。



「ああ、あと5分で…って、なんで歩いているんですか君」

「えっと、その…、私走ると必ず転んでしまうので…」

「何を馬鹿な言い訳をするつもりで?そんなことを言っていないで早く走りなさい、まったくもう…」



もっともな言葉だ。走ったら必ず転ぶなんて信じられるわけがない。
先生と私の距離はだいたい10メートルくらいで、私が運良く走れた時の最長記録も10メートルくらいで。でも先生は走って急がないと納得しないだろう。イライラした雰囲気が伝わってくる。
初日から転びたくはなかったんだけど、諦めるしかないようだ。



足に力を入れて地面を蹴り出す。そして1歩、2歩。先生も再び前を向いて駆け出す。また距離が開いた。

走り出して6歩目で早速バランスを崩しかけたが、辛うじて次の足を出す。だが続く8歩目で、遂に足元から体が揺れた。慣れないローファーのおかげで見事につんのめったからだ。

やっぱり転ぶのが運命なんだろう。いつものように前に手を出して受け身の体勢をとった。地面が近づく。はじめましてですね、おはようございます中学校の地面さん。




「鈍くせぇ野郎だな、お前」



……あれ、地面さんはどこだろう。

目に写ったのは、私の腕を掴んで引っ張る男の子の姿。間違っても地面さんじゃない。視界の隅の方で、近くの壁に掛かった時計が10時になるのが見えた。



入学式は始まったようだ。