私のみょうじ


「お前、霧野っていったか」

「霧野です…」

「…ふーん。なら、サッカー部の霧野ってのはもしかして」

「兄さんを知ってるんですか?」


転んだショックから少し立ち直り始めたところで剣城くんから聞かれたのは、苗字についてというか、兄についてでした。



兄の名前は霧野蘭丸。名門であるこの雷門中サッカー部で、ディフェンダーとして活躍しています。勉強もだいたいこなすし、サッカー以外のスポーツも上手で、家事手伝いもできちゃう自慢の兄です。
外見のせいか、周りの人からはよく女の子みたいって言われる兄さんですが、私はとにかくかっこいいなあと思います。小さい頃から男前な性格を見ていたからかもしれません。



「兄妹だったのか」

「はい。剣城さんはサッカー部に入るんですか?」

「ああ…ん?お前、何も知らないのか?」

「え?何もって、何を…」

「知らないならいい。それに聞いたらたぶんまた転ぶぞ……どうしたいきなり」



話の途中、勢い余って立ち上がった私に、剣城さんが少し驚いて目を開く。そして今この瞬間、転ばなかった私を褒めてほしい。ついうっかり忘れていたけど、転ぶのワードを聞いて思い出した。



「わ、私剣城さんに言いたいことがあるんです!」



自分でも少しびっくりするくらいの声を出してしまったけど、この機会を逃せばこの先延々と機会を掴めない予感がしたので、とにかく必死だった。



「は?」

「入学式の日、助けていただいてありがとうございました!」



――言えた!

お礼一つ言うのにこんな苦労をするなんて思ってなかった。一言を伝える機会を逃して逃して逃し続けて…ってなったら、諦める人の方が多いだろうし、自分でも、自分が馬鹿だなぁって思うことがあったけど。
助けてもらったことへの感謝を伝えたかった。絶対に言うって心に決める程、あの時は本当に嬉しかったんです。


「言いたいことってそんなことかよ」

「あ、その、迷惑だったらすみません…!でも、ありがとうございました」

「…あ、そ。まあ、これからは転ばないようにするんだな」

「はい、善処します」

「……善処…な…」

「あ、そろそろ移動の時間ですよね?放送流れるらしいですけど…」


次の時間は新入生のオリエンテーションで学校内を回って、そのまま体育館で新入生歓迎会が開かれるらしい。兄さんのチームメイトの人が司会をやると聞いているので、ちょっと楽しみだ。



校内を回る途中、ふと気づくと剣城さんの姿が見当たらなくなっていて驚く。まさかとは思うけど、どこかではぐれて迷子…とか?この学校は広いからありえそうだ。どうしよう、先生に言った方がいいんだろうか。


「あの、先生!剣城くんがいないんですけど…」

「剣城が?…ああ、やっぱりか……」

「え?」

「大人の事情ってやつだ。気にするな」

「大人の事情、ですか」

「ああ。とりあえず、剣城は自由に行動していいことになっているんだ…俺としちゃ、きっちり1人の生徒として見たいんだが」


最後の言葉は完全に先生の個人的な思いなんだろう。ともかく、剣城くんは「大人の事情」で自由行動ができるらしい。それで入学式の時、外にいたんだと思う。先生に咎められていなかったし。でも、大人の事情ってなんだろう。少し、いや、すごく気になった。

04/20