いつものはじまり

今朝方の卜占は正直余り信じたくないのが本音だ。あんまりいい事が無さそうにないから。水鏡を覗いた彼女の苦笑いを思い浮かべ、イクスは溜息をついた。
なんだって今日に限って一人なんだろう…ミリーナは後から来てくれると言うけれど、それまでにトラブルが発生する予感すらする。

「余り入り込み過ぎないように」と言われてもなあ。
自分で言うのもなんだが、それなりに一人前にやれていると思うけれど、彼女――ゲフィオンの占は外れた試しはない。
命に関わるようなことではないとはいえ、今日のような依頼が待つ日の厄介事は、そう、これもとびきり厄介と相場が決まっているので。

もう一度だけため息をついて、イクスはひとまず諦めることにした。せめてできる限りの準備だけはしていこう。今日は何の変哲もない廃屋の祓いと思っていたけれど、前言撤回。きっと何かがいるだろう。
兄達はそれぞれもう出払っているし、ゲフィオンもネヴァンも先程上の兄を追っていった。
昨日から社に籠るメルクリアの護衛についているコーキスへ呼びかけると、元気な思念が戻ってくる。


『マスター、おはようございます!』
『おはようコーキス。後で兄さんが来たら伝言して欲しいんだけど、頼めるか?』
『どうしたんだ?』
『どうも今日の依頼が厄介そうで…申し訳ないけど、念の為に』


えっと慌てる様子が伝わってきたので慌てて付け加えた。


『命に関わるような物じゃない!ただゲフィオンさんの水鏡で、入り込み過ぎないようにってさ』
『あーなるほど…またマスターはそういうのばっかり引き当てて…せめて俺がいる時にして下さいよ』


ごめんごめんと宥めて、そのまま自分も家を出る。ひとまず予防線は張ったことだし、あとは出来ることをやるしかない。いつも通りに。

で、そうして目的地に着いて直ぐのこと。ミリーナとカーリャと揃って唖然としてしまった。


「廃屋っていうか…廃屋だけど」
「…神社だよな?元は…?」
「ぶるぶるしますぅ…ここ、絶対まだいらっしゃいますよぅ…!」


情報伝達って大事だ。本当に、とっても。
後ろを振り返ると、いつの間にやら現世との境が出来てしまっている。そりゃそうだろう、カーリャがこんなに震えているのだから、絶対にまだ、この社のヌシがいるのだ。其所に俺が来たとなれば多少は元気になるってものだろう。なんてったってネーヴェの血族、神代から続く、神降しの血筋に連なる命。

"余り入り込み過ぎないように"

――ゲフィオンの言葉が頭を過る。てっきり、対話する霊魂に入れ込み過ぎることを指しているのかと思ったけど、そうではなくて。


「…ここのヌシに…神に見つからないように、"敷地内に入り込み過ぎないように"、ってことか…!」


隣でミリーナが守り鏡に持ち替える。「カーリャ、出口は探せる?」ふるりと頷くカーリャが飛び去り、俺も身構える。
合間にコーキスに神の社に踏み込んだ旨を伝えたが、境に隔てられたせいかあまり手応えがない。一応構えはするものの、正直な所手立てが少ない。今の俺の場合、近づいたらアウトだ。

社や土地に根差す神は基本的に祀るもの。例え死していようとも、名残があればそれは同じだ。変質していない限り、神であれば祓うことは出来ない。
或いはこの身に降ろすこともあるけれど、それはあくまで生きた神。恐らくこの社の神は既に死している。

となると、ぶっちゃけやばい。
十中八九神隠しコースになるだろう。しかもそういう神に限ってこの家系のことを超アグレッシブに狙ってくるので本当に不味い。勘弁してくれ。まだ生きていたい。
出口が見つかるまで、或いは浄化の祈りを練り終わるまではミリーナと結界の中で身を潜める。
大袈裟かとは思いながらも身につけてきた精霊装をこれほど有難く感じたことはなかった。