良い日にしようね

「お邪魔しまーす」

いつ見ても大きな御屋敷である。正門の横にある戸口にある呼び鈴を鳴らすと、程なくしてインターホンから応答音声。


「あ、なまえ様!」
「こんにちはー。メルクリアのお迎えに来ました」
「どうぞー!」


許可を得て、戸口の鍵を開ける。普段なら勝手にお邪魔することもあるけど、この時期の妹のいるお社には、家人の許可を得なければ辿り着けないのだ。
戸口をくぐると空気が変わる。玉砂利の敷き詰められた敷地を歩いて、お社の建つ奥の方へ。いつ来ても不思議な場所だよね。


「なまえ様ー!」
「おつかれさま、コーキス。メルクリアは?」
「今日は本殿で待ってます。実は朝、マスターから今日の案件に厄介事の気配がするーって連絡が来てて…まあ、こちら側には何にもないと思うけど。終わるまでは念の為、って」


全く、マスターってば俺がいない時に限って…と零しながら進むコーキスの後ろを着いて歩く。イクスに厄介事かぁ…なんかろくな事じゃなさそうな気がする。言ったら本当になりそうだから言わないけど。


「まあ、ミリーナ様もパイセンも一緒の筈だし…大丈夫だと思うけどさあ」
「コーキスも大変だね…いつもありがとうね、此処で守ってくれて」
「あっいや、全然!俺がもっと修行したいって無理言ってるんだ!それよりなまえ様とメルクリアの方が大変じゃんか」
「えぇ?いや、私だって全然だよ。いちばん大変なのは、メルクリアだから」


メルクリアは――私の妹は、端的に言うと普通の人間では無い。
生まれた瞬間から各方面が大混乱だった。大した才能のなかった私ですら、妹の誕生の瞬間に敷地内の空気が大きく波打ったのがわかったのだ。才能ある当時の大人たちがどれほど慌てふためいたかは察して欲しい。
いくらネーヴェの血筋とはいえ、所詮は分家。だのに、まさか現人神として成長しうる魂を持った子が生まれようなんて、流石に誰も予想していなかったのだ。

そしてそれだけ素養ある魂ともなると、良いものも悪いものも惹き付けてしまうもので。余りにも狙われ過ぎて、結局は幼い頃にネーヴェの本家に引き取られ、殆どを離れた場所――人の世ならざる空間で過ごさなくてはならなくなった。
成長してからは普通に外を出歩きに行くこともできるようになったけれど、今のように彼岸の時期等、人ならざる存在が特に活発に動くような時期は極力外に出ず、本家内のお社に籠っている。

そうして辿り着いた先、ぱたぱたと駆けてくる足音。


「姉上様!お待ちしておりました!」
「メルクリア!ごめんね、中々帰ってこられなくて…私のレポートが終わらないばっかりに…」
「わらわは大丈夫だったのじゃ!姉上様も、大学のれぽーと、とやらは無事に終わったのですか?」
「…たぶん、単位は貰えると思う…かな…!」


飛びついてきた薄紅色の髪を撫でる。大変嬉しそうに笑うものだから、ついつい延々と撫でてしまう。うーん、相変わらず綺麗な髪色。
妹の魂の色が実際の容姿に現れているとかなんとかで、私達は全く似ていない。一時は少し悩みもしたけれど、血の繋がりがあることに間違いはないし、繋がっていなくても姉妹は姉妹だと今では気にしていない。

まあ、これ以外にも。
早くに亡くなってしまった母からの意図しなかった呪いやら、呪いから解放する為のいざこざやら、引き取られた時のお家騒動に、果ては権力争いやら。怪異絡みも人の思惑絡みも、多種多様に本当に色々あったけれど。
それでも妹はここにいるし、私もこうして一緒にいられている。大変なことはたくさんあったけど、お陰で出会えた人たちもたくさんいて。ここまで悪いことばっかりじゃなかった。

何より、紆余曲折を経たけれど、妹はこうして健やかに育ってくれた。だから姉としては、もうそれだけで十分なくらいなのだ。