砂糖漬けの呪詛 00
ㅤ北の国と東の国のあいだあたりにある黄昏の丘は、荒涼とした土地だ。同じような景色が続き、雪に閉ざされる冬は生き物の気配さえ途絶える。北の国からも、東の国からも遮断されたようなその地で生まれたわたしは、いつの間にか一人で生きていた。いつの間にか、と表現するのもおかしいかもしれないけれど、孤独な時間があまりにも長すぎて、一人になった理由も、生まれた家も、家族も忘れてしまっている。だからって、忘れ去った記憶を懐古しても大きな意味はない。忘れている時点で、最初から大事ではなかったということだ。無駄な思考をして無駄な時間を割く必要はない。魔法使いはそういうものだ。置いていかれることばかりに慣れて、みな永劫の孤独の中で息づいている。人間が作る激動の時の流れに身を任せ、時に乞われ、時に忌まれながら生きていく。過ぎていくばかりの、己を置いていくものを大事に抱えていても何かが変わるわけではないのだ。
ㅤわたしはもう、黄昏の丘で長いこと生きている。長いと言っても、わずか300年の人生なんて、わたしよりも一桁多い年数を生きている長命の魔法使いにとっては赤子のようなものだろう。けれど、300年もあれば世界は変わる。人も、動物も、文明も。
ㅤ北風が頬を切りつけるように吹き抜け、皮膚がびりびりと痺れる。先生の膝のあたりまで積もっている雪は踏みしめられる度に握りつぶされたような音がした。
「ナナ。私はそろそろ石になる。次の〈大いなる厄災〉の襲来で生き残る保証はない」
「左様ですか」
ㅤひゅう、と浅い呼吸のような風が吹く。わたしを片腕で抱き抱えている先生は口を噤み、純白の世界の眩しさに広大な宇宙のような双眸を気怠そうに眇めた。
「おまえは自由に生きていい」
ㅤ師匠でもあり育ての親でもある彼は、それきり、口を閉ざした。なんとなく見上げた空は灰色で、灰色のそこから真っ白な雪が降り続けている。花びらみたいに儚く散って落ちる、落ちる、白い雪。
ㅤ──僕は寒いのは好きじゃない。
ㅤわたしの知らない寒がりな誰かと、わたしは雪を見た。わたしがわたしとして生まれるよりも前に、その誰かと氷のように冷たい手を繋いで、温度を分け合った。果たして彼は、誰だっただろう。とうに感覚が麻痺し始めている頬に落ちた雪を指先でなぞってみたが、雪はもうとけていた。
ㅤこの夜の底を冷たく凍てつかせる雪がとけきる頃には、黄昏の丘を外の世界から隠すようなこの雪がとけきる頃には、先生はこの世界にいないだろう。わたしの体温にとけた雪みたいに、跡形もなく、冷たさだけを残して石になる。寂しいとは思う。わたしはちゃんと、そんな感情を知っているから、悲しいとも思う。けれど心のどこかで、安心していた。
「会いたい男を探すといい。おまえが恋い焦がれている男を」
ㅤ嫉妬、羨望、諦念。それらの感情が混じり合う表情でわたしを見つめた彼は、自嘲気味に笑った。
「会えません」
「なぜ」
「恨まれて、憎まれている気がするのです」
ㅤわたしは、顔も名前も知らぬその人に愛されて呪われた気がする。幾度となく夢に見た光景はいつも、赤い炎が揺れる地獄で終わるから。