ぷろろーぐ!

小鳥の囀りによってアラームより前に目を覚ます。囀り、というにはやけにけたたましいが、これが田舎の日常である。

いまだ覚醒しない頭でのっそりと起き上がる。細口ケトルでコーヒーを淹れる為のお湯を沸かし、その間に顔を洗って歯を磨く。ついでに寝癖がついてたら直す。今日も例に漏れず一房跳ねていたので丁寧に直す。これも大学を卒業してからずっと続く日常だ。ちなみに大学を卒業するまではコーヒーが飲めなかったのでそれは紅茶だった。

数年前のまだ俺が大学生活を謳歌していた頃、両親は2人で行った旅行先で大きな列車事故に巻き込まれて死んだ。

何でいっぺんに、とも思ったが、生前とても仲が良かったからある意味片方が遺されるよりも一緒に逝けて良かったのかもしれない。と、いうより正直な話そう考えないと自分がどうにかなりそうだった。

両親を失った喪失感からある程度立ち直ってから遺品整理をしていたときに"万が一のときに開けるように"と書かれた遺書のようなものが見つかり、腰を抜かした事を覚えている。昔から不思議な人達ではあったけどまさか遺書を用意しているとは思わなかった。

何せ読んだのが数年前の事なので細かいところはあまり覚えていないが、その遺書に"これから色々あるだろうけど、お前は体が弱いのだからあまり無理をしないように。"と書かれていたのは印象に残っている。何?色々あるだろうって。そりゃあるだろうけども。妙な引っ掛かりを残したままだが読み返してないのでこちらはたまに思い出す程度だ。遺書を遺していた事実の方が、こう、身も蓋もない言い方をするならば、かなりゾッとする。

そういえば、遺書が入っていたところと同じ引き出しから骨董品と呼ぶに相応しい長めのスコープが出てきた事も思い出した。こちらもよく分からないがなんとなく好きだったので今はリビングに飾ってある。雰囲気が出ていいと思う。

その後、大学を卒業して、元々弱かった体がいうことを聞かなくなったのが就職2年目の事だったか。今は30代目前にして、親の遺したいくつかの不動産の家賃収入と、これまた親の残した株を取引して得た利益を元に田舎で療養生活をしている。隠居ともいう。

「熱っ…」

沸いたお湯をネルに注ぎながらそんな事をぼんやり考えていたら、事前にネルフィルターを浸けていたお湯に手を突っ込んでいた。これは何故か分からないがたまにやらかす。無意識で割った卵の中身をゴミ箱に捨てて殻を皿に入れるとかそういう類のやつだろう。多分。おそらく。知らんけど。
あーあ、なんか今日はもうだめな気がしてきた。1日引きこもることにしよう。そうしよう。

しばらく新聞を読みながらコーヒーを飲み、それが終わり次第マグカップを洗う為に立ち上がる。ここまでもいつものルーティーンだが、どうやら今日は本当に"だめな日"らしい。

酷い耳鳴りから始まり、手足から力が抜け全身が痙攣を始める。脳みそは急速に活動を休止し、まずいと思ってしゃがみこむより先に後頭部を床に強打する。目の前は真っ暗なのに緑色の光がチカチカしていて不思議な感じだ。

そういえば視界がなくなる前に一瞬割れたマグと床に転がるスコープが見えた。あのマグお気に入りだったのにな。治まったら片付けないと。あれ、スコープあんな所に置いたっけ?

そんな事をのんびり考えながら俺は制御のきかない体から意識を飛ばした。
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空井慧人
虚弱体質の三十路。田舎住み。

画像はPicrew「ストイックな男メーカー」より
2020.7.13