敵対組織の殲滅任務終わりに、時間も余ったのでスコッチも誘って飲みに来た。無理に誘うつもりはなかったが、二つ返事で着いてきた辺りスコッチも飲みたい気分だったのか。それとも。

「久々じゃないか? スコッチと仕事するの」
「そうだったか?」

 顎に手を当てて首を傾げるスコッチを横目に、グラスを片手にここ数年と数ヶ月の記憶を探る。直属の部下だったときは常に連れ回していたが、同僚になってからはそうも行かなくなって。だから本当に久々なのだ。

 今日の任務では、俺が取り逃した人間の脚を頭を、俺が「取り逃した」と気付く前に撃ち抜いていた。その分単独任務よりやりやすかったのは紛れもない事実で。他のスナイパーでもこうは行かない。

 部下になりたての頃は任務後に優れなかった顔色も今じゃちっとも変わらなくなった。適応したのか、取り繕うのが上手くなったのか。理由は深追いする気もないが、何にせよ優秀であることに変わりはない。

「本当に優秀だよなあ、お前」
「……急にどうしたんだ?」
「別に。ちょっと思っただけ」

 そうして、しばらくゆったりと駄弁っていると緩く首に巻き付いてきた腕があった。この香水はベルモットか。

「偶然ねアイラ。スコッチも」
「俺はついでか?」
「やあねスコッチ、気を悪くしないで?」

 俺が誰かと飲んでいたら、基本的にあまり話し掛けてこないベルモットのことだ。何か伝達事項でもあるのか、はたまた。

「何か用?」
「連れないわね、見掛けたからおしゃべりしに来ただけじゃない」
「ベルモットみたいな美人からおしゃべりに誘われるなんて光栄だな」

 そう言えば「アイラも美人なのだからいいじゃない」と返された。違う、そういう話じゃない。謗りを理解しているのかしていないのか微妙に分かりづらいが、これはおそらく理解した上で俺で遊んでいる。
 蚊帳の外のスコッチが可哀想だからやめてやれよ。正直に言うと俺も可哀想だからやめて欲しい。
 「要件があるなら早く言え」と視線を向けると大袈裟に肩を竦められた。どんな仕草をしても下品にならないどころか絵になるのは大女優故か。

「アイラ、今日はアフィニティでもどう?」

 ベルモットから放たれた言葉に深く息を吐く。なるほど、本題はこれか。
 アフィニティ、と言えばスコッチとスイートベルモット、ドライベルモット、アンゴスチュラビターズで作るカクテルなわけだが。それを俺に作れと言っているわけではなさそうなことくらい、声色と空気で分かる。ジンにはよくやっている誘い方らしいが──俺は初めてされたな。

 affinityの本来の意味は密接な関係、親和性とかそのあたり。カクテル言葉になると「触れ合いたい」だったか。ウワ、意味まで合わせてきやがったなこの女。
 コレが隣で不思議そうな顔をしているスコッチへの言葉であれば、ストレートに意味も通じるものを。「アイラ」と言っている時点で俺への言葉に間違いない。

「……アイラのアフィニティって美味いの?」
「さぁ? だから試してみたいんじゃない」
「今更試すとか無いだろ」
「まあ良いじゃない」
「……まあ良いけど」
「OK、待ってる」

 左頬にキスを落として去っていくベルモットを横目に、深く溜め息を吐いてしまったのは仕方ないだろう。だって強引すぎる。あまりにも強引すぎて、お洒落な誘い方なのか、ただ言いたいだけなのかが分からない。
 大女優的にそれは良いのだろうか。良いんだろうな。あの人楽しそうな顔してたし。俺の顔は死んでいるが。

「さっきの、どういう意味だ?」
「……アフィニティのレシピは」
「スコッチとベルモットと……ってまさか」
「ご明察。あの人たまにああ言う言い回しするらしいんだよな」

 何度目かの溜め息を吐きながら「回りくどい……」と言うとテーブルに置いていた手に、俺より僅かに高い体温が重ねられた。誰の? もちろんスコッチの。出たなロミトラ魔人め。

「……行くのか?」
「お前さァ」
「そろそろ俺も、その……アイラを飲んでみたいんだけど」
「ン゙、ふはっ! 何だそれ直球じゃねえか」

 ベルモットの真似をしようとはしたものの、上手い言い回しが見つからなかったのか。回りくどいどころか直球ドストレートにブチ込んできたな、と思わず笑ってしまう。

 仕掛けてきたのはそちらであるし、とスコッチの耳元に口を寄せる。意識的に色を滲ませた声で「舐めてくれんの?」と聞くと目の前の男は面白いくらいに固まった。
 あ、でも俺も想像したらちょっと腰が重くなったのでだめだな。却下です。ミイラ取りがミイラになっては意味がない。

 未だに動かないスコッチから離れて「冗談」と笑うと、形の良い猫目でキッと睨まれた。

「笑うなよ」
「はは、ごめん。頼めば? この店アイラも置いてあるぞ」
「……そうじゃない。俺は良いよ、アイラ」

 尚も追い縋るように、俺の手を撫でる指先を止める気配はなく。もう何度目かも分からない溜め息を吐いた。冗談だっつっただろ。

「同僚をロミトラの実験台にすんじゃねえよ」
「ロミトラじゃないんだけどなぁ」
「仕掛ける側は皆そう言うんだよ」
「アイラも?」
「そりゃあ、仕事・・の時はそうだろ」

 残っていたジョニーウォーカーを飲み干して、カタリと席を立つ。名残惜しそうに此方を見上げるスコッチは放置だ放置。元上司の同僚にロミトラを仕掛ける奴なんて知らねえ。

「やっぱり行くのか?」
「予定ができたからな」
「そっか」

 寂しそうに視線を下げるスコッチのつむじを眺めて、少し考えたあとにキスを落とした。

「まあ、次はノってやるよ」
「え」
「先約が無くて気が向いたときならな」
「なあ、アイラのそれって」
「ロミトラ」
「言ってる……」
「はは、別に仕事じゃねえから」

 そう言いながら、自身のつむじを庇うスコッチの手の上から頭を撫でたら、ターゲットは見事に机へと沈んだ。ざまあみやがれ。性懲りも無く人を実験台にするからだ。

「じゃあ、スコッチも気を付けて帰れよ」

 しばらくスコッチのサラサラの頭を堪能したあと、先約の待つ場所へと向かう。此方を恨めしそうに見やる視線を感じたが無視である。俺にロミトラを仕掛けようなんて100年早えんだよ。





「てめえアイラ、どれだけ無駄遣いしたら気が済むんだ」
「あ? 当たらねえことを知ってて銃しか用意しねえそっちが悪いんだろうが」

 組織の拠点のひとつ、フリースペースに置いてあるソファに沈んでいたらジンから小言が飛んできた。

 「無駄遣い」と言うならば、それはおそらく、銃を使う任務が少ない中でもダントツに消費量が多い弾数の話だ。銃弾補充の申請ペースが、普段愛用しているナイフを新調するペースより明らかに多いことへの苦言だろう。

 ナイフをメンテナンスしているときや薬が回ってこないときは銃しか使えないために銃を使うが、気質により当然弾数は多くなる。そしてその辺で調達できる小物ではない銃弾は、上に申請しないと回されないので申請が要る。
 だとしても、申請記録自体は確認次第すぐに破棄されるはずなんだが? どっから持ってきたんだその情報。

「こちとらテメーに押し付けられた任務で疲れてんだから絡んでくるなよ。めんどくせえ」
「てめえの無駄遣い分を調達してるのは誰だと思ってる」
「あれ……ジンの管轄だっけ? 俺のための労働ご苦労。これからもよろしく」
「てめえはそろそろ当てる努力をしろ」
「できたらやってんだよな〜」





「何、またやってんのかいアイツら」
「あら、良いじゃない。アイラと居る時のジンは楽しそうよ」
「アイラはちっとも楽しくなさそうじゃないか」
「それも可愛いくて良いじゃない」

 次の任務で一緒になるキャンティを迎えに来たらベルモットと話している姿が見えた。キャンティをからかうことが多いベルモットと、ベルモットに良い感情を持ってなさそうなキャンティが普通に話しているのは珍しいことで。

「珍しい組み合わせだな?」
「遅いよスコッチ。いつまで待たせんだい」
「はは、ごめんごめん」

 俺を視界に入れるや否や、先に行ってしまったキャンティを見るに、やはりベルモットとは長く居たくないのか。では何故──今、一緒に居たのだろうか。

「……彼女とはさっきまで一緒の任務だったのよ」
「あー……なるほど」
「それより早く行かなくていいの? 彼女、もう随分と先に行ってしまっているけれど」
「うわ、本当だ」

 慌てて追いかけて移動用の車の運転席に乗り込むと、既に後部座席にはキャンティが居て。任務地までの道中で詳細を確認していたら、不意にキャンティの言葉が止まった。

「……スコッチ、アンタアイラの部下だったんだって?」
「え? ああ、うん」
「大変だったねえ、スコッチはスナイパーなのに。アイツ銃当てないだろ?」
「……当たらない、じゃなくて?」
「アレは当ててないだけさ」
「へえ?」

 それ以上口を開く気はなさそうなキャンティを見るに、理由は聞いても教えてくれなさそうで。アイラの話を始めたキャンティがやけに穏やかなことも気になるが、こちらは理由を聞くのも野暮だろう。

 しかしアイラの銃は当たらないわけではなく、当てていないと。潜入先の幹部の情報は集めた方が良いのだが、理由を知っていそうなキャンティが教えてくれないとなると本人に聞いた方がいいのか。いや、それよりも先にゼロに聞いてみるか。

 後日、その事についてゼロに聞いても「当てていないことすら初めて聞いた」と言われて。ゼロでも知らないのならば次の任務が被ったときにでも本人に直接聞こうか、と思っていた矢先のこと。

 ──俺がNOCであるという情報が組織に回って、それどころではなくなった。

日常というには些か物騒な



top小説top