最初の記憶は何処かの施設だった。そこに一人で引き取りに来て、親を名乗ったのが組織の人間だった。その後は気が付いたら組織に居た、というわけだ。

 組織に居る人間としては、借金のカタに売られて迷い込んできたのと同じくらいよくある境遇なのだ。特に自分を哀れむことはない。
 特に、俺には兄弟なんて存在は居なかったから。血縁を人質に逃げられなくなったシェリーより遥かにマシだ。あの子は優秀だから、裏でしか生きられない俺と違って、普通の製薬会社とかでも生きられただろうに。──まあ、この話はいいか。

 そしてそのはどうも、組織の金を横領していたらしく。上の命令で、俺がアイラになる少し前に殺した。
 俺が銃火器を好んで使わなくなったのは、この日からだ。

「止めろ! 止めてくれ!」

 俺に下されたのは横領犯の始末──それだけ。かなりの額を横領していたらしく「最後は息子に殺されて死ね」という理由で俺にお鉢が回ってきた、というのは当時の上司から聞いた話だ。
 まあ、その上司もすぐに死んだが。俺が引き取られた組織ではよくあることだった。

 血縁に殺されるのは辛いのだろうな、ということは、なんとなく分かる。ただ、俺が聞かされていないだけで理由はそれだけでもないのだろうということも、分かる。
 当時15にもなっていなかった子供に「組織に歯向かうとこうなる」と刷り込んで逃げ出さないようにするためか、周囲への見せしめか。はたまた、上司連中の愉悦のためか。
 とはいえこれも、今となってはどうでもいいことだ。皆俺が殺したから。

 最初は頭を狙って、実際に着弾したのはそのすぐ横だった。俺にしては珍しく外したらしい。
 考えられる理由は、唯一の血縁を手に掛ける事実に多少なりとも動揺していることと、的が定まらないことか。一応手足は結束バンドで固定して転がしているが、椅子に縛り付けているわけではないために、陸に打ち上げられたエビみたいに動き放題なのも確かだった。

 弾も勿体ないし次はちゃんと狙ってあげよう。そう考えて銃を構えて、今度も外した。ふむ、やはり的は固定するべきか。
 とはいえ生憎、この空間に椅子はない。仕方なしに腹を踏みつけて──このとき、大人しく頭を撃てば良かったものを。戯れに肩を狙ったのが全ての始まりだった。

 肩を撃ち抜かれた親の顔に浮かんだのは、多大なる苦痛と、少しの抵抗の意思。「お前も俺を殺したくはないだろう」と喚いている辺り、照準の定まらないガキ程度丸め込めると思ったのか。
 俺は俺の感情ではなく上の指示で動いているというのに? 目先の生にしがみつきたいが為とは言え我が親ながらあまりにも短絡的で、あまりにもお粗末で。思わず鼻で笑ってしまう。

 ──しかし、それがまた、この上なく甘美に見えて。

 俺に似て顔はそれなり、しなやかな体つきをしているところも俺に似ていて。まあ、この場合は俺が似ているという方が正しいのだろう。
 つまり何が言いたいかというと、見目が悪くないが故にこの感想になるのか? という仮説の話だ。

 しばらく考えずとも答えは出る。当然、NOだ。

 この男以上に見目の良い人間なら今までにも殺してきている。見目だけが理由であれば、完全に今更だ。
 今までの人間との相違は血縁であることと、一発で仕留めなかったこと。それに伴って、抵抗の意思を示したこと。元より血縁に大した感情も抱いていないから、動揺はすれどこの感情の理由にならない。ならば後者だろう。

 腹に乗せていた足を下ろして見下ろすと、僅かに期待を滲ませた瞳と目が合った。俺が殺される可能性を抱えてまで、自分は逃がして貰えるとでも思っているのだろうか。

 確定ではないものの──その感情が、その考えが、あまりにも浅はかで。あまりにも人間として美しくて。
 くすりと笑って、今度はわざと耳のすぐ横を撃った。ビンゴ、狙い通り。何度か外して撃っていると俺が遊んでいる・・・・・ことに気が付いたのか、期待は徐々に絶望の色に染まっていく。

「お前、何して」
「何って? 任務だけど」

 小さく首を傾げて、喚いたせいで耳障りに掠れた声に応えた。メインは横領犯を始末する任務だ。それに違いはないが、男が聞きたいのはおそらくそこではない。それまでは一撃必殺だった俺が、なかなか仕事を終わらせない理由だろうか。

 望む答えを与えないまま一発一発体に当たるギリギリを狙って、外していく。一発外す毎に怯えの色を濃くする男を見てゾクりと背筋が粟立った。

 ──良いな、もっと見たい。この表情を、この感情の先を見てみたい。けれど今日はナイフもないし薬もないし、予備の弾もないからこれで終わり。ああ本当に、とても残念だ。

「ありがとう、楽しかったよ・・・・・

 銃を構え直して、何も考えずに口から滑り落ちた言葉は決して今までの人生への感謝ではない。

 それは、これからの人生で無駄に弾を消費しかねない可能性と、それを回避出来る可能性を教えてくれたこと。

 それは素敵な色に抱いた、この機会がなければ気付きもしなかった感情の欠片を教えてくれたこと。

「それじゃあ」

 ガタガタと身を震わせてのたうち回る男は的として定まったモノではないけれど、多分、もう大丈夫だ。萎縮して此方を見やる──結局、最期まで一度も名前を呼んでくれなかった男にうっそりと笑って。

 引き抜いた最後の弾は、眉間のド真ん中を撃ち抜いた。





「やあ、シェリー。元気?」
「これで元気に見えるなら病院に行くことをおすすめするわ」
「保険証持ってないし無理かな」

 今日は仕事が入っていない日だ。所用のついでに研究室まで顔を出しにきた。こちらも所用のひとつなのだが、メインはシェリーの顔を見ることであるが故の「ついで」だった。
 呆れを隠さずに「治療費全額くらい払いなさいよ」と言う彼女の顔色はいつも通り──つまり良くはない。また寝ていないのか。

「育ち盛りなんだから睡眠はしっかり取れよ」
「あら、ありがとう。いつものはここにあるわ」

 「持っていきなさい」と顔を上げたシェリーが一瞬動きを止めて、大きく溜息を溢した。

「アイラも人のこと言えないじゃない」
「俺は寝てるけど?」
「食事の話。最近また食べてないでしょう」
「食べてるよ。これ」

 「これ」と持ち上げて示したものは所用の元、先程シェリーが「いつもの」と称したものだ。

「サプリメントは食事の内に入らないわ」
「でも料理とかめんどくさいじゃん。時間も掛かるし手間も掛かるし。合理的じゃない」
「あなたねえ」

 呆れた様相のシェリーに「じゃあシェリー作ってよ」と言えば「嫌よめんどくさい」と返ってくる。まあそう。戯れに言ってはみたが、ハナから分かっていたことだ。
 最初に比べてかなりフランクに話してくれるようにはなったが、シェリーにとって俺はただの"自分を拘束している組織の幹部"でしかない。ただでさえ料理なんて面倒極まりないというのに、気を許せもしない奴に作る飯はないだろう。俺だって似た状況で同じことを言われても拒否する。

 食べることは好きだが、進んで食べたいかといえばそうではない。作るのも片付けるのも、食事のためだけに店に入るのもめんどくさいのだ。酒が出る店なら普通に入るが、四六時中酒を飲んでいるわけではないので。必然的に食事の量と回数は減る。

 気質として仕方ないだろうとは思うものの、七つも下の女の子にまで心配させるのは流石に居心地が悪くて。帰りにパックゼリーくらいは買って帰るかな、と考えていたら「ゼリーも食事には入らないわよ」と言われてしまった。何で分かるんだよ。

「最近はマシだと思っていたのだけれど?」
「偶に作ってくれる人が居たからかな」
「……スコッチ?」
「あれ、知ってる?」

 そう、スコッチ。つまりは少し前に、無事にスピード出世した緑川だ。いくら元からすこぶる優秀だったとはいえ、幹部になるまでが本当に速かった。元上司としては誇らしい限りだ。

「もう作ってくれないの?」
「俺の専属飯係じゃないんだから……」
「そうね」

 幹部になったことで部下でもなくなり、一緒に仕事をすることも減って。必然的に仕事終わりに飲みに行くこともなくなったから、翌朝の飯もない。そりゃそう。
 緑川の手料理はすげえ美味かっただけに残念だが、流石人間何もないときに呼びつけてまで作らせる様なことはしたくない。何せ、俺の専属飯係ではないので。

 そうするうち、俺と話しながらも手を動かしていたシェリーが机を片付け立ち上がる。何処かへ行くのかと尋ねると「お昼」と返ってきた。

「そう、行ってらっしゃい」
「あなたも行くのよ」
「え?」
「どうせ食べてないでしょう? 付き合いなさい」

 白衣を脱ぎ、研究室の入口へと向かったシェリーは、未だ動かずに立ち尽くす俺に「早く」と声を掛ける。え? 俺も行くの? と、納得はしていないが、待たせているのは事実なので足早に駆け寄った。

「ごめん、お待たせ?」
「食べたいものは」
「特に……」
「そう。ならこの間出来たイタリアンね」

 心做しか機嫌が良さそうな少女と、困惑を隠しきれない成人男性が並んで歩く姿はどうなのだろうか。何で機嫌が良さそうなのかは分からないが、幹部を自分のテリトリーに置いておきたくない気持ちなら、まあ、分かる。誘われた理由としてはつまりそういうことか? 全く分からない。

 シェリーの考えていることは分からないが、今職質されたらアウトであることくらいは流石に分かる。武器はひとつも持っていないが、ついでとばかりに身分証も何一つ持っていない。
 あるのは財布と携帯と煙草と、ついさっきシェリーからもらった大量のサプリメント──完全にアウトである。誰も話しかけて来ないことを祈りながらイタリアンの店へと向かった。

「どれにするの?」
「えー……じゃあこれ」
「あら、いい趣味してるじゃない」

 目に付いたので適当に注文した冷製パスタは普通に美味しかった。次に任務が被ったときにでもスコッチにリクエストしてみようか。絶対美味い。





「素敵な顔を魅せてくれた君に、最大級の感謝を」

 地面に転がる肉塊にニコニコと笑みを向ける手元で、パシュッと抑えられた音が鳴る。音の余韻をしばらく楽しんでから踵を返した。あとは前もって手配してあった、組織お抱えの処理業者に全てを投げてしまえば良い。

 単独での任務を終えたその足で、行きつけのバーへと顔を出す。奥のテーブル席には別任務を終えたらしいスコッチも居た。
 久しぶりではあるが、隣には他の人も居るし。声は掛けなくて良いかと思って、結局は一人で飲むことにした。元々一人で飲むつもりだったし、今日の俺の姿は同僚に見せられるような状態ではない。──だというのに。

「……アイラ、今日はどれだけ飲んだんだ」
「あは、酒? そこまで飲んでないよ」
「随分回ってるように見えるけど?」
「今日はそういう日〜!」

 訝しげに隣に座ってくる男は何を考えているのか。ずっと一人で笑っていて、どう見ても酔っ払い、もしくはヤク中な奴の隣になんて座るなよ。存在するかも分からない俺の名誉のために言っておくが、俺は別に薬をやったわけではない。薬ではないけれど、アレは俺にとって薬と同じようなものなので。

 端的に言えば今日の処理では銃を使った。その処理の後に何も予定はなかったから、たまには良いかな、と思って。当然銃弾は無駄遣いしたものの、とにかく最高だった。

 つまり嗜虐性と、それに伴う暴力的なまでの高揚感が顔を出したのだ。嗜虐性は処理を終えて残弾が尽きたことを確認した時点で霧散するが、高揚感だけはどうも残りやすい。だからわかりやすく機嫌が良く見える。実際、普段はどうとも思わないことで馬鹿みたいに笑えてくるからこそ、一人で飲みたかったのだが。

「一人で帰れる?」
「ふふ、馬鹿にすんな。帰れるわ」
「心配だなぁ、今日俺もアイラの家行っていい?」

 一度ロミトラの実験台にされてからというもの、緑川はやたらと俺に構うようになった。スコッチになってしばらく会ってなかったから、勝手に落ち着いたと思っていたのだが──どうやら、そうでもないらしい。

 相変わらずケラケラと笑いながら「ロミトラおつかれ」と言うと「いや、普通に心配なんだけど」と返ってきた。真顔じゃん、おもしろ。

「朝ご飯も作ろうか?」
「最高、パスタ作って」
「パスタ? 良いけど……何でまた?」
「この前行った店が美味かったんだよ」

 緑川の手料理に釣られてOKを出すと少し引かれた気がした。チョロいって? 大丈夫、自覚済みだ。

「……へえ、どこ?」
「忘れた」
「なんだそれ」

 緑川を連れて家まで帰る途中、少し笑って「久々にスコッチの手料理食べたかったんだ」と言うと微妙な顔をされて。何だその顔、美形はどんな顔しても綺麗なの羨ましすぎて笑える。





「アイラはもう寝る?」
「ん? ふふ、どうしようかな」

 いくつかある家のひとつに着いて。このまま寝るのも良いが、高揚感も熱も残っているから少し発散したいのが本音だ。スコッチが居るからおおっぴらにはできないが──そうだ、スコッチが居るのか。丁度いい。

 「途中で行き倒れそう」とベッドルームまで着いてきたスコッチの腕を片手で引き寄せ、もう片手を頬に添えて。一度目を細めてから唇を寄せ、深く口付ける。
 驚いている様子ではあるが、此処まで着いてきたってことは、コイツもロミトラを仕掛ける気だったんだろ。ならば、此方から仕掛けたところで何も問題はない。

 いつの間にかベッドに背中から倒れ込んでいるし、顔の横にはスコッチが両肘を着いていて逃げられそうにないが、まあ、特に気にすることではない。だってこんなにも楽しくて、こんなにも気持ちがいい。

 やっぱキスは上手いんだな。多少がっついている感じはあるが──って、何で俺の好み知ってんだお前。

 まあでも、必要な情報を集める能力もターゲットの好みに振る舞いを対応させる能力も申し分ない。やっぱり俺の元部下は優秀だ。

元の性癖も大概なもの



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