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クラスメイトに義務教育で留年したと噂の猛者が居る。他のクラスメイトから聞くところによれば、東京ナントカという暴走族に入っている不良であるらしい。
学校には毎日も来ていないからか、話したことも、話す必要性も、話すタイミングすらもなく。個人的には噂で聞くだけのよく知らない人、みたいな位置付けのクラスメイトだった。
とはいえ流石に同じクラスで授業を受けているからには、授業中の様子くらいのことであれば知っている。留年していることは事実であると聞くけれど、その割に授業は聞いていない様子だった。先生に当てられたときには、当たり前の様にドスの効いた大声で凄む。それから少しだけ「しまった……!」みたいな間が開く。頭で考えるより口が先に出るタイプなのかもしれない。その後はだいたい、当てられたところが答えられなくてそのままキレ散らかしている。
話したことすらないながらというか、話したことすらないからというか。ぼんやりと、なんとなく本当に不良なんだな、くらいの印象はあった。
不良だと聞いて少しも違和感を覚えない程度の粗暴さは、教室で少し見ているだけでもなんとなく分かる。義務教育で留年をやらかすくらいの素行なのだなということだって、なんとなく分かる。
何せ彼のクラスメイト、出席日数が足りているのか心配になるくらいの頻度でしか顔を見ないのだ。少し気になって調べたところ、義務教育に出席日数の最低基準なんてものはないらしいのだけれども。授業中に当てられたときの様子からして、彼自身も特別頭が良い方でもないのだろう。
明らかな素行不良、どう考えても何かしらの理由がある留年。そりゃあ当然、教師陣に目を付けられてもおかしくはないだろうと思った。どうにかして進級させてあげたい教師陣の優しさ故の苦肉の策なのか、ただのストレス発散のイビリなのか。その辺りは定かではないけれど、どの授業でもよく当てられているのも納得できる。
一方で、それだけで留年させる、なんてことにはならないはずだ。教師陣から目を付けられているのもその通りだとは思うけれど、気に入らない生徒だからといって留年させるはずもない。義務教育だし。どう考えたとて倫理上許されないはずだ。
とはいえ何にせよ、本人へ直接聞きに行く気はない。明らかに何かがあるし、それが彼にとって聞かれたくないことであれば最悪だ。彼の人となりをよく知らない以上、どんなタイミングで気分を損ね、どんな態度を取られるかすら分かったものではないのだから。
そうでなくとも、不良であるらしいなんて噂を抜きにしたとて、他人の内側に土足でズカズカと踏み入るのは褒められたことではない。よく知りもしない相手であれば尚更だった。
そんな彼でも、見た目だけは頑張って真面目に寄せているのかな、と思える程のものだった。
コテコテの瓶底メガネ、長髪──の時点で校則には当然引っかかっているけれども。ともかく、その長髪だってキッチリ七三に分け、低い位置で綺麗にひとつに纏められている。
よくよく見てみれば、案外綺麗な髪をしていた。枝毛も切れ毛もハゲもなさそうだ。シャンプー類は何処のメーカーを使っているのだろうか。トリートメントは? ヘアミルク類は? ドライヤーは? 櫛は? やはりお高いものだろうか。いっそ行きつけの美容室を教えてほしいまである。
前に近くを通ったときには特にそれらしい匂いもしなかったから、未だ特定には至っていないのが残念なところだ。普通にというか、謎にというか、少し機械油っぽい匂いがしただけだった。暴走族だという噂を信じるのであれば、きっとバイクか何かだろう。つまりきっと無免。──ふむ、ありそう。
あのクラスメイトがバイクに乗っているとしたら絶対かっこいいんだよな、とは思う。あの綺麗な髪が風に靡くところとか、きっと綺麗なのだろう。遠目で拝んでみたい気もする。
あとはシーブリーズの青。青なんだ、とは思ったけれど、それ以上のことを考えるのは変態くさくなるからやめた。考えるとしても、爽やかな香りが好きなのだろうか、くらいに留めておくべきだ。それ以上はただの変態でしかない。
とはいえそもそも、男子──というかあの人、そういう美容辺りのことを気にするタイプなのだろうか。もしも気にしないタイプなのだとしたら、つまりそれは生まれ持った美髪遺伝子ということになる。本当にそうであるならば羨ましい限りだ。
髪質を筆頭に色々なことが気になると言えば、確かに気になる。それでも別に、わざわざ本人まで聞きに行く程でもない。せいぜいが実際のところはどうなのだろうな、こうだったらちょっと面白いな、でも現実的に考えるとこっちの方がイメージしやすいな、と頭の中で好き勝手に考えているくらいのことだ。
そんなことを考えられる程に観察することができたのは、当の彼とは関わることなどないと思っていたからだ。あちらの出席率のおかげで、クラスメイトである割に毎日顔を合わせるわけでもない。
私を含めたクラスメイトからは、完全に自業自得な授業態度のせいで遠巻きにされている。暴走族がどうとかいう噂を気にしない怖いもの知らずはクラスメイトにもそれなりに居るけれど、そもそもの話、本人の雰囲気が既にどこからどう見てもな不良なのだ。目付きは生まれ持ったものだから仕方ないとしても、授業で当てただけの教師に凄むな。普通に怖いよ。
加えて、彼自身も積極的にクラスメイトと話そうともしていない。私が割とずっと観察していても何も言ってこないことからして、誰彼構わず噛み付くタイプではないのかもしれない。ほら、「何ガン飛ばしてんだ!?」とか「何見てんだよ!!」とか。私個人がドラマか少女漫画に出てくる不良ではない、本当の本当にリアルと呼ばれる不良男子を一人しか知らない以上、その辺りのことはさっぱり分からないのだけれども。
フィクション知識と知り合いの不良男子一人の印象を一旦全て忘れて彼自身を見たとしても、多分きっと、あまりクラスメイトへの興味もないのだと思う。学校とか普通に楽しくなさそう。
──そう思っていたから、毛並みが綺麗な珍獣として観察できていたのに。とうとう話しかける必要性が出てきてしまった。
「お、牧野。丁度いいところに」
「……何ですか」
「ハハッ! 嫌そうな顔だな」
「何か嫌な予感がするので……」
「女の勘ってやつか?」
「かもですね。何も聞かなかったことにして帰っていいですか?」
「ダメだな」
「今から教室行くならプリント渡して来てくれ」じゃあない。それくらい自分でやれあのクソ教師。一生許さないから。こんな日に教室に忘れ物をした間抜けは誰? 私だよ。ふざけんな本当に。
廊下側の窓からそっと教室を覗く。居る。一度意味もなく扉に隠れて、もう一度覗く。やはり居た。さっきまでは静かに机に向かって何かを書いていたのに、今は頭を抱えて机に突っ伏している。……今の一瞬で何があった?
やはり珍獣だな、なんて本人には絶対にバレてはいけない考えを振り払いつつ、意を決して扉を静かに開けて。細心の注意を払って静かに閉めた。あとはこのプリントを渡してさえしまえばミッションコンプリート──そう思って振り返れば、何故か目が合った。思わず肩を跳ねさせてしまったのはもう仕方ないだろう。まさかあの眼力に見つめられることがあるなんて、少しも考えていなかったのだ。
しばらくの間、半分だけ振り返ったそのままの体勢で固まってしまう。何でこの人なんにも言わないの。そもそもいつ気付いたの。何より何でずっとこっち見てんの。散々観察していた今までですら、一度も目なんか合ったことがないのに。
どうにかしてこの、未だにこちらを無言で凝視し続けている人には気付かれないように深呼吸をする。全部見られている以上普通にバレる気もするけれど、コレは気持ちの問題なのだ。間違っても、このおっかない眼力をした不良を珍獣扱いして観察していたと気付かれてはいけない。
私はクラスメイト、私はただのクラスメイト。ただのクラスメイトらしく普通に声をかけて、教師への文句を冗談めかして言いながら笑って。それから普通にプリントを渡せば完璧──
「あ……あの、場地、君」
──最悪だ。吃った上に声まで裏返った。殺してくれ。今死んだら全部なかったことにならないかな。なりませんね。誰か助けてください。
「……オウ」
ほらあ、ちょっと機嫌悪いじゃん! いざ相対したら想像以上に何考えてるか分かんなくて怖いんだよ仕方ないだろ! 対教師以外でこんな怖い声聞いたことないよ!
ふと、そもそも教師以外と話しているところなんて見たことないのでは? なんて事実を思い出し、多少は荒ぶる内心も落ち着いた。この人、普通に素がこんな感じなのだろうか。中三の歳なのであれば何もおかしくはないけれど、声変わりだってとっくに終わっている雰囲気もあるし。実は人見知りだとか? そうだったら可愛いなとも思うけれど、正直判断材料が乏しすぎるのでなんにも分からない。
理由が何だったとしても普通に怖──ええい、女は度胸だ! 万が一殴られたらそのときはそのとき! 全力ダッシュで職員室に逃げ込めばいい。職員室まで走る余裕すらなかったとしても、そのときはそのときだ。机を振り回してでもどうにかしてコイツを殺し、それから潔く腹を切る。完璧だ。この作戦で行こう。
「……あの、」
「……オウ」
「プリント、先生から」
「あ゙ー……それか。わざわざ悪ィな」
「イエ……」
ひとまずの会話終了である。素直に気まずい。そのまま「渡したからね」とでも言って帰ればいいところを、正気ではない口は「何のプリント?」なんて声を出していた。よりにもよってその話題か。勘弁してほしい。せめて脳みそを通してくれ。
「……」
「……?」
「……補習」
「ああ……」
それでも怖々としながら相槌を打ったら、呆れた感じというか、ちょっとシュンとした雰囲気というか。ともかくそんな感じの雰囲気になった。何で君の方がしょんぼりしてんの。
不良なんだろ。もっと横柄に来いよ。教師にあの態度ができて何でクラスメイトの女子にはそんなに引くんだよ。よく分かんないけど何かおかしいだろ。弱そうな相手だと強く出やすいものではないのか。よく知りもしない相手に勝手に期待しておいて何だけれど、正直拍子抜けだ。
会話は相変わらずほんの数ラリーで終わったけれど、最初みたいな気まずさはすっかり忘れていた。本当に変な生き物だな、と思えたことが大きいのだろう。やはり女は度胸、この調子でヘアケア用品を聞き出せないだろうか。
──いや、普通に目付き悪いし怖いな。流石に無理かも。もしも仮に、今ここで襲いかかられたとして。勝てるか? 私がこの珍獣に。教卓をブン投げられれば勝機は見えるかもしれない。そもそも教卓を投げられるくらいの腕力とか普通に持ち合わせていないので無理です。頭引っ掴んで机の角に何回か打ち付けたら死なないかな。その前に頭掴み返されそう。身長があるから、リーチも私より長いし。うわ、手デカ。私の頭くらいなら片手で軽く掴めそう。
「……アー」
「な、んでしょう……」
「……あのなあ、いくら不良つってもオンナに手ェ出すわけねーだろ」
「……? ……エッ!? そうなの!?」
「そーだよ。ンなダセェこと誰がするか」
「『ダセェこと』……」
「オウ」
「『ダセェこと』……?」
それから、具体的には何が彼にとっての『ダセェこと』なのだろうかと首を傾げていれば、案外素直に信念とやらを話してくれた。実は面倒見が良いのかもしれない。意外だ。そういえば義務教育で留年なんてとんでもないことをやらかした以上、普通に年上だったな、ということをこの辺りでようやく思い出した。
目の前の補習プリントをやりたくないだけかもしれないけれど、珍獣の生態を知るにはこの上なく都合が良い状況だ。プリントはぜひ私が帰ってから存分にその威力を発揮してくれ。今の今で内容を聞かれてもきっと何も力になれないから。授業中の様子を思い出したとて、多分自力では解けないだろうし。
「──ってワケ」
「へぇ、そうなんだ」
「つーか言うまでもねえし、当たり前のコトだろ」
「ウーン……世界には色んな人が居るからね。自分の当たり前が相手にとっての当たり前だとは限らないよ。人の中身なんて見た目では分からないものだし」
「そうか?」
「少なくとも私はそう思ってるよ。そもそも今が初会話じゃん。場地……君? 場地さん? の信念とか知ってたら逆に怖くない?」
「……そうか?」
「そうだよ。多分」
一通りの信念を聞いたあとは緊張も解けたのか、まあペラペラとよく回る口になった。いつも以上に回る回る。勘弁してくれ。相手は女に手を出さない信念らしくても珍獣には間違いないんだぞ。何考えてんの私。なんにも考えられていないよ。終わりです。
それでも一応、普通に喋ったことが幸を成したのか、しょんぼりとした雰囲気はなくなった。そこから一言二言話して。途中で思い出した様に、存外フラットな空気感で「場地で良い」なんてことを言われたから、こちらもフラットに「おっけー。了解」「よろしく、場地」と返して。それから「プリント頑張ってね」とだけ言い残し、軽く手を振って教室を出た。
少し話をした限り、勝手に想像していた程の害ははなさそうだった。少なくとも、場地にとってカタギ──不良ではない人、という意味合いで使っているらしい──と女に手を出すのは、当たり前にやらない『ダセェこと』に分類されるらしい。
つまり、初手で怯えを見せたただのクラスメイトかつ女の私は、余程の失礼をやらかさない限りは手を出されないと見た。この辺りは他の人に接するときと同じくらいの礼儀を忘れなければ大丈夫だろう。彼本人に向き合わず、真偽不明の噂を鵜呑みにした挙句に遠巻きにする方が失礼だ。
軽い足取りでルンルンと階段を降り、昇降口で靴を取って。ふと、何かを忘れている気がして動きを止めた。場地との会話を順に思い出したとて、特に引っかかることはなかったはずだ。ならばその前か? そもそも何で私は場地と話すことに──
「……あ、」
──給食袋を、机の横に引っ掛けたままだ。
自分の馬鹿さ加減に頭を抱え、ダッシュで教室まで戻って。今回ばかりはコソコソと窓から教室を覗き込むこともせず、必要以上に音を抑えることもせずに扉を開いた。
「やあやあ御用改めである!」
「うおっ……!?」
まだ教室に居た珍獣は、身体ごと勢い良く振り返った末に、ガタリと音を立てて派手に椅子から転げ落ちた。「大丈夫?」と聞けば、気まずそうに目を逸らされて。それから、小さく「オウ」とだけ返ってきた。なるほど、分かりやすく恥ずかしそう。結構可愛いところもあるらしい。
「……ビビった、オマエかよ」
「私で悪かったね」
「悪いとは言ってねえだろ」
「そう? どうも」
もういっそ相変わらず鋭い目付きですらチャームポイントに見えてきたな。やはり少しでも会話をして、多少なりともその本人を知ることは大切なのだ。ものの見え方が百八十度変わった気がする。
「つーか何で御用改めなんだよ。別に何も悪いことしてねえだろ」
「あ、伝わるんだコレ」
「ドラマで観た」
「へえ〜」
ドラマとか観るんだ。しかも時代物。流石に気になって聞けば、普段から好きで観ている火サスの前後でやっていたものを観たことがある、程度のものらしいのだけれども。火サスを好きで観るの不良が居るのか。知らない世界の話すぎるな。解像度が低い自覚もあるけれど、どうも目の前の不良はそうであるらしい。
それでも一応、成り行きで少女漫画を勧めたら私より詳しくなってしまった不良もいるくらいだし。個人としての感性や趣味嗜好は不良行為とは別物なのかもしれない。世の中は割とそういうこともある。
ふとその机の上を見遣れば、相変わらず強烈な存在感を放つプリントは白紙のままだった。名前すら書いていない。何なら私が渡して、場地が机に置いた位置から全く移動していなかった。
私が教室に入ったときの挙動からして──はて。外でも見ていたのだろうか。今の時間だと下校する生徒くらいしか見えないと思うのだけれど。そんなものを見ても面白いのだろうか。場地にとっては面白いのかもしれない。
「忘れ物か?」
「──ああ、うん。そんなところ」
「ほーん」
「いやあ、これのために戻ろうとしてたときに職員室で捕まったことすら忘れてたよ。うっかりうっかり」
「……頭、良いんじゃねえの」
「え? そうでもないよ」
「はぁ? 牧野ってオマエだろ?」
「いかにも。私が牧野です」
「この前のテスト満点だったって聞いたぞ。しかも全部」
「うわ、どこ情報それ」
「センコー。見習えって言われた」
「情報漏洩な上に余計なお世話すぎる……」
ポツリと「じょーほーろーえー……」と呟かれた、明らかに頭の中で漢字に変換できていなさそうな声はひとまず聞かなかったことにして。自分の机の横から給食袋を取りつつ「たまたまだよ」なんて笑う。コレでヨシ。今度こそミッションコンプリートだ。
「たまたまで満点取るとか天才かよ」
「だからそうでもないんだって。もっと頭の良い人はいっぱい居るし……ほら、さっきだって場地と話したことで頭いっぱいになってたっぽいし」
「は……」
「
今度こそ「じゃあねー」と手を振って教室を出る。そういえばともう一度戻れば、やはり何故かこちらを見ていた場地が「また何か忘れたのか」と片眉を上げた。机に片肘を立てて、気怠げに頬杖をついている。授業中は割とよく見かける体勢ながら、その視線が自分に向いているともなれば見え方は変わってくるらしい。その視線に敵意などないと理解してしまえば尚更だ。西日に照らされた髪はやたらつやつやきらきらとしている。やはり綺麗な髪だ。
「気を付けて帰ってねって言い忘れたなって。ほら、もう陽も傾いてきてるし」
「……は?」
「それだけ。今度こそじゃあね」
コレで本当のミッションコンプリートだ。確かな満足。「ばいばーい」と手を振って、スキップしながら廊下をルンルンと歩いていれば──ついさっきに出てきたばかりの教室の中から、ガタガタとそこそこに大きな音が聞こえてきた。
そりゃあ当然気にはなったけれど、今更また戻るのもなあ、とか思って。そのまま気にしないことにした。やはり珍獣、多少会話をしたとてやはり変な人だ。
「──牧野!」
「……え、私?」
「あ? 他に牧野が居んのかよ」
「どうだろう。二年には居ないんじゃないかな」
さっきまで話していた低い声に呼び止められて、おっかなびっくり振り返った。ペラペラの何も入っていなさそうな鞄すら持たずに教室を飛び出し、隣に並んできた場地に「忘れ物?」と聞けば、なんてことないように「送る」とだけ言われて。やっぱり変な人だな、と思ったのだ。
「や、いいよ」
「これから暗くなるんだろ。危ねえ」
「いいって。家すぐそこだし」
「よくねえ」
「うわあ頑固」
「うるせえな」
何度も言うけれど、場地はその手に何も持っていない。この様子だとプリントも机の上に置きっぱなしなのだろう。何のための補習だ。しかも多分、一度学校を出たらまた戻ってくるはずもない。次に教室に足を踏み入れ、あの席に座るのは何日後だろうか、なんて次元なのだ。私が教師から本人に渡せと言われたプリントが、翌日か週明けになって机の上に置かれているのが見つかることだって地味に嫌だ。私がこの可愛い珍獣に怖気付いてミッションを遂行できなかったと取られかねない。
「はは」
「……ンだよ」
「ならせめて鞄くらい持ってこようよ。プリントもちゃんと持って帰ってね」
少し笑ってそう言えば「あ」と小さく呟いて、渋々教室へと戻って行った。──ここで私が取るべき行動といえば、ダッシュ一択である。
うおおおお唸れ私の足腰! 去年の体力テストで満点を叩き出した走力を今見せなくてどうする! ちなみに満点だったのはシャトルランと反復横跳びと五十メートル走と握力! 残りは当時クラスメイトだった不良男子からドン引きされるくらいには味噌っかすでした! もうちょっとバランス良くできないかなあ!? 無理です!!
そんなこんなでがむしゃらに走っていたら、いつの間にか家に着いていた。家は本当に学校の近くだし、そんなこともある。いい汗をかいたな。