かつて、日本中に嵐を巻き起こした者達がいた。
 彼らはイナズマイレブンと呼ばれた。
そのプレーに誰もが勇気をもらい、心を震わせた。
 そして今、その思いを引き継いだ者達が歩き出そうとしている。
 ここに、新たなイナズマイレブンの伝説が始まる――。


***


 伊那国島。そこは、たくさんの自然に囲まれた、なんとものどかな離島である。
 その島にある中学校――伊那国中。木造作りが目を引く、どこか懐かしい雰囲気が漂うその中学校のサッカー部が、今日も元気に練習に励んでいた。

「明日人、パス!」

 活気のある声と共に蹴り出されたボールが、名を呼ばれた少年の足元に、吸い寄せられるように飛んでいく。そのまま、ボールを受け取った少年――明日人が走り出す。
 ゴールを目指して、ボールをパスで繋ぎ、どんどん切り込んでいく。その場でサッカーを楽しんでいるメンバー全員が、走る度風を切る感覚に、心地よさを覚えていた。
 攻めに攻めていき、ついにゴール前で、フォワードの剛陣にパスが繋がった。

「オラァッ!」

 切れ味のあるシュートが、ゴールに向かって飛んでいく。その刹那、剛陣は自ら蹴りこんだボールが、ゴールネットを激しく揺らすイメージを思い描いた。
 しかし、その爽快なイメージは、まるでガラスが砕けるように大きな音を立て、壊れることになる。
 ゴールの前に、頼もしく立ちはだかるゴールキーパーの姿があった。

「ハァァッ!」

 ボールの軌道に沿うように、地面を蹴って飛び込む。体勢を崩さないように着地すると、その両手には、しっかりとボールが握られていた。
 自信があったのにも関わらずあっさりと止められてしまい、剛陣は「なんだよ畜生!」と悔しそうな声をあげた。そして、そこで練習は一旦区切られた。

「いけると思ったんだけどなぁ。あれを止めちまうとはな」

 休憩時間、スポーツドリンクをグビッと飲み、剛陣は悔しそうな顔をしていた。

「いえ! コースがもう少し鋭かったら、止められなかったと思います。腕をあげましたね、先輩!」

剛陣のシュートを止めたのりかが、嬉しそうな顔でそう告げる。それを聞いた剛陣は気を良くしたのか、「自分でも手応えはあった」と自信満々に答えた。

「すごいですね! これなら本土のチームと戦っても十分通用しますよ!」
「おだてんなよっ」

 次々に褒められ流石に照れたのか、剛陣は気恥ずかしそうにそう言った。

「いいなぁ、皆。どんどんレベルアップしていくんだもん、羨ましいよ」
「なーに言ってんの! 花茶だって、日に日に上達してるじゃん!」

 花茶が自信なさげに呟くと、勇気づけるようにのりかが背中を叩く。そんな彼女の優しさに、花茶は下げた眉を上げ、「ありがとう」と笑った。
 そのまま空を見上げると、雲1つ無い清々しい青空が爽やかな気持ちにさせてくれた。

「けどやっぱりサッカーはいいよね。やなこととか悩み事とか、全部忘れさせてくれる」
「だよね、無心でボール蹴ってると、元気になるよね」

 のりかと花茶が意気投合したようにそう話していると、それを聞いていた日和が「えっ」と意外そうな声を漏らす。

「のりかさんにも花茶さんにも、悩み事とかあるんですか? それは意外ですね」
「なんだと、コラッ」
「パンチ食わすよ?」

 失言した、と思った瞬間、時既に遅し。聞き捨てならないという顔つきで、花茶とのりかが拳を握る。日和はそんな二人から一歩引き、「怖っ」と顔を青ざめさせた。
 こんな風に、皆でサッカーをしたり、休憩時間に練習を振り返ったり、談笑するのはとても楽しいし、大切な時間であることには変わりない。とても満足している。
 しかし、島の外の世界に目を向ければ、もっともっとやりたいことが見えてくるものなのだ。
 ――試合をしたい。
 彼らはいつからか、強くそう思うようになっていた。そして、この日も、そのことについて皆で話していた。

「この島だと、小学生かおっちゃんのチームとしか戦えないもんな」

 困ったような表情で、貴利名が言うと、それに続いて、マンネリ化している、試合をやるならやっぱり本土のチームだ、と、ちょっとした不満が溢れる。
 皆の意見や話を聞き、思い立った様子で声をあげたのは明日人だった。

「よしっ! 俺、校長に掛け合ってみるよ!」

 両拳を握り、逸る気持ちを抑えながら、それでも隠せないワクワクをわかりやすく顔に出しながら、明日人は校長室に向かおうとする。
 そんな彼を一声で止めたのは、伊那国中サッカー部キャプテンの道成だ。

「待て! 俺も行く。キャプテンは俺だ、校長に本土の学校に練習試合の依頼をしてもらえるように、頼んでみるか」
「あっ、それなら私も!」

 便乗するかのように、花茶が手を上げた。

「え? なんで花茶まで行くの?」

 張りきって明日人と道成の後ろをついていこうとしていた花茶を、奥入が怪訝そうな表情で呼び止める。
 花茶は奥入の言葉に足を止め、振り返り、

「言葉だけで依頼してもらえなかった場合、色仕掛けが必要かと」

 冗談めかして言えば、一瞬間を置いて、ドッと笑いが起きた。

「い、色仕掛けって、お前…!」
「無理無理、花茶さんそんなタイプじゃないですよ!」

 特に笑っていたのはこの二人、剛陣と日和である。腹を抱えて笑い転げる二人を見下ろし、花茶は「冗談だから!」と頬を膨らます。だとしても面白いのか、笑いが収まることはない。
 笑われ過ぎて耐えかねたのか、変なベクトルを向いてしまったらしい花茶が、ムキになって話し始めた。

「私にだってできるし! 楽勝だし!」
「いやお前ちんちくりんじゃん!」
「オマケに花の似合わない花屋の看板娘でしょう!?」
「な・ん・だ・と・!?」

 明日人やのりかが「まぁまぁ」となだめ、貴利名は苦笑し、奥入は呆れ、岩戸と服部は怯えている。
 そんな中、万作だけが心配そうにオロオロとした後、会話が途切れたところで花茶に歩み寄り、ポンッ、と軽く肩を掴み、

「花茶、そこまで体を張らなくていい。もっと自分を大事にしろ」
「いや、あの、うん……、雄一郎、ごめんね? ムキになった私が悪かったよ、冗談、冗談だから」

 天然、とも取れるような発言をして、場を和ませたのだった。


***


 校長室前。道成が、明日人と花茶に目配せをし、校長室の扉をノックし、「失礼します」と中に足を踏み入れる。
 冬海校長――いつも皮肉じみた表情をしていて、どことなく近寄りがたい雰囲気がある、伊那国中の校長。全校朝礼や体育祭などのイベントの時に長い話を聞くことはあれど、生徒と話しているところはほとんど見かけない。
 そんな冬海が、入ってきた道成、明日人、花茶に振り向いた。「なんです?」と問われたところで、「本土のチームと試合をしたい」「依頼してほしい」と、道成が事情を説明する。
 それを聞いた冬海が、フッ、と鼻で笑った。

「試合をしたい?それどころではありませんよ」

 何かを知っているような、それを隠しているような、そんな返事が返ってきて、三人は顔を見合わせた。

「どういうことです?」

 明日人と花茶の言葉を代弁する形で、道成が眉を潜めて聞き返す。

「サッカーは熱くなりすぎました。伊那国中はその熱さについていけなくなったのですよ」

 どうやっても、冬海の言葉の意図を汲み取れない。

「どういう意味ですか?」
「ていうか、何が言いたいんですか?」

 わからないながらも、道成は様々なことを予想し、不安そうに質問を続ける。
 一方花茶は、少しイラついたような、強い口調で、睨みながら質問した。

「あなた方は、スポンサー制度というのを聞いたことがありますか?」
「あぁ……本土の方で始まった制度ですよね」

 冬海の問いかけに、道成が答える。
 スポンサー制度――人気がありすぎるサッカーにおいて、安全なチーム運営をするには莫大な資金が必要になる。その資金を提供して、チーム運営を支えてくれるのがスポンサーだ。
 その制度の対象となる学校もならない学校も、サッカーに関わる者ならば、誰でも知っている知識だろう。

「先日、少年サッカー協会で日本の全サッカーチームにスポンサーを付けることが義務付けられました。しかし、この伊那国中サッカー部にはスポンサーはいません」

 義務。即ち、必ずしなくてはならないということ。
 それを、何らかの形でしない、もしくはできないとなると、それはつまり──

「……廃部になる、ってことですか」

 結論にたどり着いた道成が、目を伏せて言う。
 廃部、その言葉を聞き、明日人と花茶は驚いて目を見開いた。

「そんな! 皆この島でサッカーをするのが大好きなんです!」

 懇願するような瞳で、明日人が訴えかける。その訴えを真っ向から打ち消すように、冬海が語る。

「そんなことは関係ありません。意味があるのはスポンサーがいるかどうか、ですよ」

 まるで、この危機的状況を楽しんでいるかのような態度。その態度に腹を立てた花茶が、

「そのルールがこの島にも適用されるんですか?」
「そうです! ここではサッカーに人が集まりすぎて危険になることはないでしょう!」

 花茶に続いて、道成も反論する。しかし、冬海はそれを、「ルールはルール、例外はありません」と酷く冷たい言葉で否定した。

「とにかく、伊那国中サッカー部は廃部と決定しました。……なんです、その反抗的な目は?」

 決定事項だから、変更はできない。その事実が、まだ中学生である彼らには、あまりにも酷なものすぎる。大人の事情、と言えば、大人たちは楽なものだ。なんでも解決できる。子供の気持ちなんて、一切考えない。子供は、大人には勝てない。
 沈む気持ちでただ立ちすくむんでいると、外のグラウンドから大きな物音が聞こえた。
 窓の方へと駆け寄ると、重機がグラウンドを破壊していた。
 ――先ほどまで、あそこで元気にサッカーをしていたのに。
 そこに、青春を感じさせる情緒など存在しない。今では、ただの工事現場でしかない。設備も思い出も、なにもかも全て壊されているような感覚に陥った。

「ふっざけんな!」
「サッカー部は廃部になんかさせない!」

 まだまだ未熟で感情を抑えられない花茶と明日人が、一目散に駆け出す。冷静な道成が二人の名を呼び、制止させようとするも、今の二人には周りの声が聞こえないらしく、足を止めない。仕方なく、道成も二人を追いかけることにした。

「全く……熱いですね、サッカーをやる連中は」

 その脳裏に浮かぶのは、誰の姿なのか――冬海は、一人になった校長室で、懐かしむように呟いた。


***


「やめろ! サッカーは渡さないぞ!」

 一番にグラウンドに飛び出した明日人が、工事をしている男達に、大きな声で呼び掛ける。
 明日人、道成、花茶の三人を見送り残った万作が、状況を飲み込めないといった様子で戸惑いがちに明日人に「どういうことだ!?」と声をかけた。

「スポンサーがつかない伊那国中サッカー部は廃部になるって、校長が!」
「廃部……!?」

 冬海の話の重要な部分を切り取り、花茶が説明する。花茶の説明に、万作は思わず聞き返すと、工事を止めようとしている明日人に目を向けた。

「やめてください! ここは俺たちのグラウンドなんです!」
「何を言ってる? ここはもう別の用途に使うことが決まっているんだ! あっちへ行ってろ!」

 必死に懇願する明日人の言葉を一蹴にして、男は明日人を払いのけようとする。
 何度も止めようとするが、大人と子供では力の差は歴然だ。明日人は、避けられ、押され、ついには転んでしまった。

「仕事の邪魔だ!」
「何が仕事の邪魔だよ! 急にこんな無理矢理工事なんか始められて、許すわけにはいかない!」

 男の言葉を食い気味に否定し、声を荒げる花茶。感情が高ぶると口調が荒くなってしまうのは玉に瑕だが、この理不尽な状況では、抑えることなどできるわけもない。
 傷だらけの明日人を道成が、男たちに掴みかかろうとする花茶を万作が止める。もうやめろと。大人の考え方をできる冷静な二人が、どうにもならないのだと、そう言動で表している。

「俺はサッカーを……っ! 絶対にやめねぇぞー!!」

 明日人の悲痛な叫びが、形をなくしたサッカーグラウンドに響き渡った。


***


 しばらくして、平常心を取り戻した明日人と花茶を引き連れ、道成と万作は、水道のある場所へ来ていた。
 そこでのりかと合流し、怪我をした明日人の手当てをしていた。
 頬に湿布、足には絆創膏。
 ――少しの時間の間に、ここまで傷だらけになるなんて。
 のりかは大事に至らなかったことに安堵しながら、息を吐いた。

「廃部になるのは許せないけど、こんな無茶をして……」
「じゃあのりかは平気なの? サッカーができなくなっても……」

 下を向き、明日人の問いに「そりゃ勿論嫌だけど……」と弱々しく答える。
 どうしたって、心の整理がつかない。どんなに自分に諦めろと言い聞かせても、なんで、どうして、と、疑問や不満が浮かんでくるだけだ。

「工事を一時的に止めさせたところで、根本的な解決にはならない」
「その通りだ。サッカーを続けるには、何か手を考えないと」

 ここでも落ち着きある万作と道成が、どう対処すべきかを考えている。

「手を考えるって……子供の私たちが足掻いたところで、どうにかなる問題なの?」
「花茶……」

 ふいに、花茶がポツリと呟く。その様子を気遣わしげに、万作が見ている。

「グラウンドだって、もう無くなったじゃない。全部全部、壊された。皆との思い出も、サッカーも……何もかも!」

 悔しそうに、拳を握る。唇を噛む。言葉を絞り出し、理不尽を恨むように。

「俺は絶対にサッカーを諦めない!」

 この状況下でも心を折らない明日人は、強く断言する。ここで屈したら一生後悔するだろうと。

「明日人!」

 そんな中、慌てて走ってきたらしい貴利名が、息を切らしながら、強い意思を持つ彼を呼ぶ。
 明日人だけではなく、その場にいた皆が貴利名に注目した。

「大変だ、明日人! お前のお母さんが……!」

 青ざめている貴利名の顔を見て、皆の背筋が凍りついた。


***


 明日人の母が入院している病院。貴利名と万作、そして花茶は、その入り口付近にいた。
 貴利名のあの様子は、ただ事ではない。それは、あの場にいた誰もが、安易に感じ取れた。
 明日人の母は、亡くなった。明日人に看取られ、静かに息を引き取ったのだ。
 花茶はよく見舞いに来ていた。その度見舞いの品もたくさん渡していた。明日人の母は優しく、花茶も大好きだった。だからこそ、その事実を受け入れたくはなかった。
 しかし、明日人の母は最期に、言葉を残した。「本当に繋がった絆は決して無くなることはない」と、「明日人と母ちゃんも永遠に繋がっている」と。
 サッカーも母もいなくなってしまう。その恐怖に明日人が泣き叫べば、母は優しく声をかけた。「サッカーはいなくならない。お前が必要とする限り、サッカーはそこにある」と。

「明日人は……?」
「たぶん、てっぺん崖だよ」
「そうか……」

 明日人を案じる三人がそう話しながら、高くそびえ立つ崖に目を向ける。
 明日人はそこで、涙を流しながら雄叫びを上げていた。


***


 翌日、伊那国中サッカー部は、冬海に呼び出され、校長室を訪れていた。
 明日人は一日中泣きはらしたのか、目元が赤くなっている。
 何があったかなどお構いなしに、何一つ気持ちの整理がつかないままの子供たちに、大人は無情にも語り出す。

「皆さんにお伝えしておきます。廃部を逃れる道ができましたよ」

 昨日とは打って変わった冬海の言葉を、素直に喜んでいいのか、何か裏があるのか、伊那国イレブンは疑いの眼差しを隠しきれないでいた。

「条件付きでスポンサーになってもいいと言ってくれている方が現れたんですよ」

 続けて並べられた言葉を、徐々に希望に変えていく。
 ――サッカーを、諦めなくてもいいのか?これからも続けられるのか?
 そんな期待を膨らませながら、冬海の話に聞き入る。

「その条件とは、フットボールフロンティアに出場し、一勝をあげることです」
「フットボールフロンティア……って、サッカー日本一を決める、あの!?」

 繰り出された条件は、簡単そうに聞こえるが、今までまともな試合をしたことのない伊那国イレブンにとっては、難関とも言えるものだった。

「ですが、到底無理なので断ろうと思ってますがね」

 冬海は嘲笑うように、両手を上げ、首を横に振る。
 その姿を良しとしない剛陣が、「おい待てよ!」と怒り、自信が無さそうな面持ちではあるが、のりかも「まだ無理と決まったわけじゃ……」と反論を試みる。
 その二人の反論を、冬海は「考えるだけ無駄でしょう」とバッサリ切り捨てる。

「そんなに大変なのか?フットボールフロンティア一勝って……」

 疑問に思ったらしく、剛陣は皆にそう問いかける。
 フットボールフロンティア――出場するだけでも相当な実力が要求される大会だ。昔はそれほどまででもなかったが、近年、日本のサッカーチームは、競るようにレベルアップしている。そのため、日本全体のサッカーチームの実力がどんどん上がり、参加するだけでも大変なのだ。
 「ましてや、そこで勝つなんて……」と、奥入が、諦めかけた言葉を溢す。

「やります!」

 迷っている皆を、ここで諦めるべきではないと言わんばかりに、明日人が元気よく言った。

「フットボールフロンティアでの一勝、上げてみせます!」

 更にそう続けると、周りからそれを否定するような言葉が飛んでくる。

「簡単に言うな! 俺達には出場資格も無いんだぞ!」
「本気なの? 明日人……」

 冷静に現実を見据えている道成がそう言い、明日人を諭す。
 花茶も、大変な道を歩もうとしている明日人の意思を確認するように問いかけた。その問いに、明日人は力強く頷く。

「それなら心配いりません。出場資格ならありますよ」

 冬海の話によると――伊那国イレブンはこれから東京のサッカー強豪校、雷門中に編入し、雷門の一員となることでフットボールフロンティアの出場券が得られるらしい。
 嫌でも明日人達がどんな人間なのか理解しているのだろう。冬海は、例え無謀なことだとしても、明日人達がやりたいと言い出すことを予想し、予め手配しておいたと言うのだ。
 しかし、雷門の一員となるために、彼らはある重大な決断を迫られることになる。

「けど、それってつまり……」
「この島を出て、東京へ行く、ということ……」

 花茶と奥入が、揃ってここまでの話の結論を口にする。
 自分が生まれ育った大好きな島。都会から見れば田舎かもしれない。小さい離島なのかもしれない。それでも、彼らにとっては大切な居場所なのだ。
 それだけ思い入れの強い島を、出ていかなければならない。これほど辛いことはない。

「まぁ、それを決断したところで勝利の可能性はほぼゼロですがね」
「ありがとうございます! 俺、絶対にやります! サッカーを続けるためにフットボールフロンティアに出場します!」

 嫌味ったらしく言う冬海の態度にも負けず、笑顔で、自らの決意を表明してみせる明日人。
 そんな明日人の姿を見て、剛陣は「まじかよっ」と嬉しそうな声色で言った。

「でも……」
「俺たちだってずっと練習してきたんだ、きっとやれるさ!」

 ――島を出なければならない、島を出たところで自分達は勝てるのか。
 様々な不安を抱え、動揺する伊那国イレブン。いまいち踏ん切りがつかないようだ。

「既に試合のプログラムは決まっています。あなた達の対戦相手は星章学園です」

 星章学園――現在全国ランキング一位のチーム。
 ただでさえ難しい問題が山積みなのに、更なる問題がのし掛かってきた。
 その時、皆の不安は一気に膨れ上がったのだった。
 一通り説明を受けた伊那国イレブンは、校長室を離れ、学校の近くの木陰で話し合いをしていた。

「皆! 迷うことないだろ、俺達東京へ行くんだ! 東京に出てサッカーを取り戻すんだ!」

 明日人だけはやる気に満ち溢れているが、その他のメンバーは俯き、まだ迷っているようだった。
 フットボールフロンティアでたった一勝するだけ。けれど、相手は全国ランキング一位の強豪校、星章学園。正直、勝ち目なんてない。今まで自分達が頑張ってつけてきた実力を遥かに上回る相手と言っても過言ではないのだから。

「私、自信ないかも……」

 ポツリと、花茶が呟く。
 今までの小学生や目上のサッカーチーム相手との練習試合とは、わけが違うのだ。弱気になるのも当然だろう。

「やる前から負けムードかよ」

 その時、聞き覚えのない声が聞こえ、皆で一斉に振り向く。
 そこにいたのは、全く知らない少年だった。
 小太りで、背が低く、仏頂面の少年は、フン、と鼻を鳴らす。

「誰だ?」
「そういえば、転校生がサッカー部に入るって聞いてました」

 道成の質問に、万作が思い出したように返事を返す。

「田舎島の自然の中で技の特訓でもしようと思って来てみたが、腰抜けの集まりとはな」
「んだとッ!」

 小馬鹿にした態度を取る少年に、たまらず花茶が反応を示す。思わず喧嘩腰になっている彼女の肩に、万作が手を置き制止させた。

「お前らはサッカーを続けること以前に、戦うことにビビってる。そんな奴らにフットボールフロンティアで勝てるわけがねぇ」
「本気になれば一勝や二勝くらい!」

 畳み掛けてくる少年に流石にカチンときたのか、剛陣が身を乗りだし、強い語気で言い放つ。
 しかし、少年も負けじと言い返す。

「フットボールフロンティアは日本一を決める大会だ。その可能性がない学校は、出場前に運営委員会に辞退を求められる。その大会に必殺技も使えず島を出る勇気も無いお前達が、勝てるわきゃねぇよ」
「テメェ!」
「精々サッカー以外の楽しみでも探すんだな」

 こてんぱんに言い負かされ、最早ぐうの音も出ない。
 サッカーは続けたいけど島を出る勇気はない。そんな矛盾した自分達が、覚悟を決められない弱い自分達が、フットボールフロンティアで一勝しようだなんて、考えが甘いのかもしれない。

「俺はやるよ! 俺はサッカーを諦めるわけにはいかない! 皆が反対でも、俺は絶対にやる! 東京でサッカーを取り戻すんだ!」

 けれど、それでも、明日人は諦めないと強く言い切る。母を亡くしたばかりで一番辛いはずの彼が、笑顔を絶やすことなく、皆を元気付けるように、奮い立たせるように、力強く。

「とりあえず、考える時間は必要だと思うよ」

力ない花茶の発言で、その場は一旦解散し、島を出るか否か、じっくり考えることとなった。


***


 家が隣同士の万作と花茶は、二人揃って帰路についていた。
 万作は既に答えを心に決めているようだが、花茶はまだ迷っている。

「雄一郎はどうするの?」
「俺は、親父に話してみるよ」

 父親に島を出ることを許してもらえるかはわからない、けれど、万作は島を出る覚悟はできている。
 ――私はどうする?
 花茶は自分の心に問う。島を出るのも気が進まない。それは確かだが、花茶にはもう一つ迷っている理由があった。

「花茶はどうするんだ?」
「んー……。私は、島を出るのも悩むし、相手が相手だから…」

 そう。迷っているもう一つの理由はこれだ。
 負けず嫌いであるために人一倍努力を重ねてきたが、しっかりと成果が出ているのかと言われれば、微妙なところだ。
 ――そんな自分が、あの星章学園相手にまともに戦えるのか。
 そう思い、深くため息をつく花茶を見て、万作は、

「珍しいな。あの負けず嫌いの花茶がそこまで…」
「だって相手はあの星章学園だよ?」
「そうだけど、お前はお前が思っているより成長している。俺が保証しよう」

 花茶の頭を軽く撫で、そう言った。

「本当に?」
「ああ。それに、花茶はサッカーが好きなんだろう?」
「え? それは、勿論大好きだよ」
「なら、諦めるべきじゃない。それに、諦めるのは花茶には似合わないと、俺はそう思う」

 それだけ言い、「あとは花茶が決めるべきだな」と、万作は寿司屋である実家に入っていった。
 それに続くように、花茶も重い足取りで帰宅した。
 自室で、ベッドに寝転がりながら、考える。しかし、考えても考えても、どうすればいいのか決められないでいた。
 その時、自室の扉をノックする音が聞こえた。

「はい」
「花茶、入ってもいいかい?」

 ノックと声の主は花茶の父だった。花茶が「いいよ」と声をかけると、ゆっくりと扉が開かれ、穏やかな表情の父が部屋へと入ってきた。

「花茶、お隣の万作さんに聞いたよ。皆、東京に行くんだって?」
「いや、まだのりちゃんや日和は悩んでるよ。……それに、私も……対戦相手が強豪校でさ、勝てるのかなぁって」

 眉を下げて笑う花茶に、父は「そうか」と花茶と同じように眉を下げた。
 気まずい沈黙が続く。それを打ち破ったのは、父だ。

「思い出すなぁ。花茶がサッカーを始めた頃のこと」

 顎に手を当て、昔を思い返しながらしみじみと言う。

「毎日毎日、砂だらけの傷だらけで帰ってきたっけ」
「ちょ、もう! 恥ずかしいからやめてよパパ!」

 ハハハ、と父が笑えば、花茶は恥ずかしそうに声をあげる。

「どれだけ怪我をしても失敗をしても、サッカーは好きかと聞いたら満面の笑みで大好き、って、そう答えてたよ」
「うわー……なんか、なんか……」

 ――小さい頃の話は恥ずかしい。それに尽きる。

「花茶は昔からすっごく負けず嫌いで……」
「それは反論も弁解もできないね」

花茶が「今もだし」と続けると、父は思い当たる節があったのか、否定できずに苦笑した。

「ゴホン。それはそれとして、花茶。親はね、子供のことを一番に考えているものなんだ」
「え、どうしたの急に」
「だからね、親は子供の成長のためなら、時に突き放すこともするんだ」

 それまで穏やかだった父の表情が、一変して真剣なものになる。
 初めて見る父の顔に、花茶は息を飲んだ。

「花茶、悩むくらいならやりなさい。諦めずに、死ぬ気で頑張りなさい。やらないで後悔するのは勿体ないよ」

 父の言葉に、目を丸くする。
 自分の実力が星章学園に通用するのか、悩んでいた。諦めかけていた。しかし父は、そんなことで諦めるなと、死ぬ気で立ち向かえと、そう言っている。どんなに辛くても、嫌気がさしても、やらないで後悔するよりずっとマシなのだと、花茶を説得している。

「……私、馬鹿みたいなことで、悩んでた」

 時には、うまくいかずに心がポッキリ折れることもある。けれど、それを理由に戦うことを諦めてはならない。サッカーが大好きなら、とことん挑戦すべきだ。
 ――皆と同じフィールドで戦いたい。
 花茶の決意は、固まった。

「パパ、ありがとう。私、もうちょっとでサッカーを諦めるところだった」
「うん、いい顔つきになったね。ということは、花茶も東京へ行くんだね」

 そうだ。戦うことについて吹っ切れたのはいいが、サッカーを続けるということは、つまり、家族を残して島を出ると言うことなのだ。
 戸惑う花茶の肩をポン、と叩き、父は頼もしく言う。

「家のことは平気だ、行ってきなさい」
「え、いいの……?」
「ああ、勿論」

 父が優しく微笑む。花茶の顔はパァッと明るくなり、

「ありがとう! 私、頑張ってくるよ!」

 活気に溢れた声色でそう言った。
 そして、父が自室を退室した後で、窓を開け、隣の家の向かい合った部屋に大きな声で呼び掛ける。

「雄一郎!」
「お、花茶」

 万作の部屋と花茶の部屋は、話ができる距離にある。
 お互いに窓を開けた状態で、話を進める。

「雄一郎、私も東京行くよ!」
「そうか。どうやら決心がついたみたいだな」

 嬉しそうに、万作の顔がほころぶ。

「と言っても、パパの助言がなかったらこのまま諦めちゃうとこだったんだけどね。あ、それに雄一郎の励ましのおかげでもあるんだよ。なんか助けられてばっかだね、私」

 やはりまだ未熟だと痛感し、苦笑する。それを悪いとはせず、万作は「いいじゃないか」と笑う。

「一人で悩む必要はない。困ったら誰かを頼ればいい。サッカーだって、チームプレイが大切だろう? それと同じさ。皆で支えあえばいいんだ」
「雄一郎……うん、そうだよね」
「それはそうと、花茶、島を出るなら荷造りをしないといけないぞ」
「あっ! そうだった、急いでやんなきゃ! それじゃあ雄一郎、また明日ね!」
「ああ、また明日」

 万作の優しさ、そしていち早く気遣ってくれたことに感謝しながら、花茶は荷造りを始めた。


***


 そして、いよいよ東京へ行く日がやってきた。
 あれだけ渋っていた伊那国イレブンは、誰一人欠けることなく、東京行きの船に乗っている。
 考え、悩み、親と話をした結果、全員旅立つ決心がついたのだ。
 そして、船には伊那国イレブンの他に、小太りで背が低い、仏頂面のあの少年――小僧丸サスケも乗っていた。彼は、これから一緒に戦うチームメイトとなった。
 伊那国イレブンの門出を、たくさんの島民が見送りに来ていた。
 励ましの言葉とともに見送られ、目指すは雷門中だ。

「皆ー! 行ってくっぞー!」

 腕を大きく振り、明日人や、他のメンバーも、島民の声援に答えている。
 やがて島民の姿が見えなくなると、花茶がこんな話を始めた。

「ねぇ皆、都会では上を向いて歩くと、田舎者だって思われちゃうらしいよ!」
「えっ、そうなの?」

 花茶の話にすぐに反応したのはのりかだった。
 奥入は「くだらない…」と終始呆れている様子だ。

「それにしても、花茶が来てくれてよかった!」
「あったり前じゃん! だって私、サッカー大好きだもん!」

 のりかは花茶が一緒で安心し、喜んでいるようだ。花茶はスッキリした顔で答える。そして、二人はハイタッチを交わした。

「へぇ、お前が一番迷ってたと思ったけどなぁ?」
「後輩をいじめるなんて大人げないですよ剛陣先輩ー!」

 わざと怖がるフリをする花茶に、「いじめてねぇだろ!」とツッコミが入る。
 和気あいあいとした雰囲気で、フゥ、と一息つくと、花茶は少し真面目な顔で、

「本当言うと、すごく迷ってた。星章学園相手に勝てるのか、不安だった」

 その話を、伊那国イレブンは静かに聞く。

「でも、サッカーが大好きだから、どんな相手でも死ぬ気で頑張りたい! 例え挫けてもそこで諦めたくない! そう思ったの!」
「よく言った!」

 花茶の決心を全て聞き、剛陣は嬉しそうにワシャワシャと撫でくり回した。

「花茶、私たちも練習なら全力で協力するからね!」

 のりかが、花茶に抱きつく。むぎゅう、と抱き締め返したあと、のりかを離し、花茶は小僧丸に歩み寄った。

「えっと、小僧丸、だよね」
「なんだよ」
「腰抜けって言われた時、猛反発してすっごい失礼なこと言った。ごめん。でも私、底抜けに腰抜けだった」

 腰を曲げ、しっかりと頭を下げ、以前の非礼を詫びる。
 小僧丸はその姿を見て、花茶の気持ちを汲み取ったのか、「別に気にしてねぇよ」と無愛想な返事を返した。


***


 数時間の船旅を経て、ようやく東京に辿り着いた。その町並みは、まさに都会。田舎の伊那国島とは似ても似つかぬ場所だ。
 東京へ着いてから、真っ先に雷門中へと向かう。初めて歩く土地なので、地図を見ながら進む。その途中、色々と目を奪われるような建物や場所がたくさんあったため、少々寄り道をしてしまったが、なんとか時間通りに雷門中に到着することができた。

「うわー! ここが雷門中……!」

 花茶が目を輝かせながら言う。
 雷門中──無名ながらも、前年度フットボールフロンティアで優勝した学校だ。その学校を目の当たりにしているのだ。テンションが上がるのも無理はない。

「なんか、サッカーをやってた先輩達の声が聞こえてくるみたいだ!」
「ここでまた、サッカーができるんだね!」

 続いて、明日人とのりかも歓喜の声をあげる。
 校内に入り、中庭やグラウンドを見て回る。その光景表すなら、感無量、これが一番しっくりくるだろう。

「にしても、前年度フットボールフロンティア優勝校が何故僕たちを受け入れるんでしょう?」

 日和の疑問に、皆が「言われてみれば」と首をかしげ、頭にハテナマークを浮かべる。

「この学校には今、サッカー部が無いらしい」

 道成の説明によると――雷門サッカー部は何か理由があって休止しているため、伊那国イレブンがサッカー部の施設を使わせてもらえるらしい。
 必然的に一週間後の試合に出場するのは、ここにいるメンバーだけ、ということになるわけだが、それにだけ日和が驚いていた。

「皆そのこと知ってました!?」
「え、うん、まぁ」
「なんとなく」
「流れで…」
「でゴス」
「え、ええ!?」

 驚く日和に、花茶、のりか、万作、岩戸が答える。その答えに、更に日和が声をあげた。

「ん? あ! あれって……」

 その時、花茶が何かを見つけ、駆け出す。万作の「どうしたんだ?」と言う呼び掛けに、「これ!」と指を指す。
 花茶が指差した方を見ると、古びた小屋のようなものがあった。

「ここは……」
「もしかして、サッカー部の部室じゃない?」

 閃いた、という顔ののりかに、皆が「なるほど」と納得する。
 しかし、その部室と思われる建物は、傷だらけでかなり年季が入っていて、今は使われていなさそうな雰囲気が漂っていた。
 ボロいといえばボロいが、ここで雷門イレブンがミーティングをしたらり着替えをしていたんだと思うと、なんとなくご利益はありそうな気はする。

「うん、なんかやる気出てきた!」
「試合まで一週間…、猛特訓して星章学園に勝つんだ!」

明日人の言葉で、皆は「オー!」と気合いを入れ直したのだった。


***


 そして、一週間後――ついに、試合当日。
 星章学園スタジアムには、たくさんの観客が押し寄せていた。星章学園と新生雷門イレブン、その世紀の一戦を、目に焼き付けるために。
 実況も客席も、かなり盛り上がっている。

「ええ!? 私はベンチ!?」

 自陣にスタンバイし、ウォーミングアップを行っていた花茶に、監督から衝撃の一言。なんと、花茶ベンチスタートだった。

「あれだけ気合い入れてきたのに、なんで!」
「まぁまぁ、この戦いはかなり過酷なものになるでしょう。いつでも交代できるよう準備はしっかりしておいてくださいねぇ」

 監督は間延びするような口調で、「ホッホッホ」と呑気に笑う。
 花茶は、監督の指示に従わざるを得なかった。

「皆、頑張ってね!」

 ――最初から一緒に戦えなくて悔しい。
 その気持ちはありながらも、花茶は皆をありったけのパワーを込めて激励した。

「いよいよだな……」
「はい!」

 グラウンドでは、道成の呟きに、明日人が元気よく答えていた。
 亡き母から貰った大切な言葉を胸に、明日人は試合に臨む。

「見てろよ、母ちゃん!俺はサッカーを取り戻す!」

 一方で、ベンチにいる花茶は、監督とコーチの話で引っ掛かることを聞いていた。

「この状態でフィールドの悪魔にぶつけるなんて、あなたはあの子達を潰す気ですか!」

 監督のやり方が気に入らないらしいコーチが、激しく怒る。
 フィールドの悪魔――試合までの一週間の間に、聞かされた単語。
 それが、この試合でどのように絡んでくるのか、どのような難関になるのか。花茶は一人静かにごくりと喉を鳴らした。

 試合開始のホイッスルが鳴り、いよいよキックオフ。
 新生雷門イレブンが上がっていく。驚くことに、あの星章学園相手にボールはしっかりと繋げている。
 明日人が切り込んでいき、ドリブルで二人抜きした。そして、小僧丸へとパスで繋ぐ。
 ゴール前、小僧丸はシュートの態勢に入った。

「ファイアトルネード!」

 勢いよくジャンプし、鮮やかな炎をまとい、見事なシュートがゴールに吸い込まれていく。
 星章学園のゴールキーパーは止めることができず、なんと、新生雷門イレブンが先制点をもぎ取った。

「おおお!! やった!!」

 これには、花茶も思わず立ち上がり、歓喜した。

「これが、ファイアレモネード……!」
「トルネードです」

 剛陣の間違った技名に、日和がツッコミを入れる。
 この世紀の番狂わせには、試合が始まる前以上に客席が沸いた。

「やりました! それにしても、うちが先制とは……!」

 先程まで不安そうだったコーチも、泣きそうな声で喜んでいた。
 しかし、この状況を、星章学園が良しとするわけもなく、

「何、アレ? 聞いてねぇし」

 星章学園フォワード――灰崎が、ニヤついた表情で言う。

「確かに、必殺技が使えるとはデータになかったな」
「しかも総力が17%もアップしている。調査班がミスッたか?」
「いや、違うねぇ」

 冷静に分析する二人を否定し、灰崎は確信したように続ける。

「あいつらは出したんだよ。底力ってやつをなぁ……」

 楽しそうに、不気味に、灰崎は笑う。

「俺ついに見つけちゃったかもしんない。アンタの言う光ってやつをよぉ、なぁ、鬼道」

 更に、灰崎は笑い続ける。その様子をベンチで見ていた花茶は、妙な気味の悪さに少し恐怖を覚えた。

「俺達はお前を倒す!」

 その不気味さに屈しないで、明日人は指を指し、言う。
 それを見た灰崎は「やってみろよ」と舌なめずりをした。

 試合再開。スイッチが入ったのか、灰崎は今までの動きよりも素早く、上がっていく。そして、

「デスゾーン、開始」

 瞳をギラリと光らせ、そう呟いた。