伊那国島を出て、雷門中に編入し、星章学園と戦い、大敗。それでもアイランド観光の社長、島袋にスポンサードしてもらえるようになり――この一週間は、怒涛の一週間だったと言える。
そして、今日からは、本格的に学校生活が始まる。
イレブンバンドのアラーム機能により朝六時に起床し、皆がぞろぞろと木枯らし荘の共同スペースであろう、食堂に集まってくる。
「あれ? ……花茶は?」
全員揃ったかの確認をするため、明日人が食堂にを見渡し、花茶がいないことに気が付く。
同室であるのりかの話では、起きたら既に布団は綺麗に畳まれており、花茶の姿はなかったという。
「何処行っちゃったのかな?」
のりかが首を傾げたとき、食堂の扉が開かれた。
「おっ! 皆起きたんだ。おはよ!」
声の方へと目を向けると、そこには、ジャージ姿の花茶の姿があった。
「花茶!」
「こんな朝早くから何処に行ってたの?」
「へへ、ちょっと走り込みにね!」
どうやら、皆よりも早く起き、町内をランニングしていたようだった。
「この後朝練あるのに?」
「朝練とは別! まぁ自主練ってヤツ?」
「なんでまたそんな急に……」
明日人がそう聞くと、花茶は少し真剣な表情になり、
「星章学園戦の時さ、私……本当に何も出来なくて、悔しかったからさ。少しでも練習やんなきゃって思ったんだ」
そう語る瞳は闘志に燃えていた。手も足も出ない状況――それが、心の底から歯痒かったのだろう。
「ほらほら! さっさと着替えて手ェ洗いな!」
「はーい」
朝食の準備を終わらせたヨネが、待ちきれずにそう催促する。そして、花茶が指示通りに着替え、手を洗い、席につく。
「よし、皆揃ったね!それじゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
ヨネの合図で、皆一斉に朝食を食べ始めた。
「東京の飯うめーっ!」
「ヨネさんの朝ご飯だ、うまいに決まってるさ!」
歓喜の声を上げ、目を輝かせる服部に、ヨネが自慢げに言った。
しかし、誰よりも早くおかわりを要求する岩戸には、「もうかい!?」と驚きを隠せない様子だった。
「うちの海苔持ってきたよ!」
「おおーっ!」
「抜かりありませんね……」
サッとご飯のお供を取り出すのりか。そんなのりかと、苦笑する奥入。花茶は「のりちゃんちの海苔好き!」とありがたく頂戴していた。
「よーっし! 食べたら朝練だー!」
「おーっ!」
これまで色んな不安を抱いたが、こういうありふれた日常が、彼らの心の安らぎとなり、悩みを吹き飛ばしてくれていた。
***
朝食を終え、雷門中へと出向いた雷門イレブンは、早速朝練を始めていた。
「剛陣先輩!」
「おう!」
明日人から剛陣へ、パスが繋がる。剛陣よりも走り出ていた小僧丸へとパスを出すが、そのパスはうまく繋がらなかった。
「悪ぃ、悪ぃ!」
「遊びじゃねぇから、真面目にやれよな」
「あ? やってるっつーんだよ!」
パスがうまくいかなかったのは、連携のミスであり、剛陣が故意にそうしたわけではない。それは、その場にいた誰もが理解できた。
しかし、剛陣の謝罪に対して何か不満があったのか、小僧丸の言葉はかなり厳しいものだった。
剛陣もまた、その態度が気に入らなかったのか、小僧丸に言い返していた。
その様子をグラウンドの外から睨むように見ていたのは、生徒会一同。
星章学園戦でボロ負けしたことをよく思っていない彼女達は、まだ新たなる雷門イレブンを認めていない。
「アイツら、もう我が物顔ですわよ」
「負けたくせに、スポンサーがついたんですって!」
「田舎島の奴らが雷門イレブンと呼ばれることになるなんて……」
「まるで漬け物をスイーツと呼ぶようなものですわ」
雷門イレブンを見下し、笑う。
「杏奈さん? どうかしましたか?」
「別に……」
そんな中、生徒会長である杏奈だけは雷門イレブンの朝練に釘付けになっており、上の空だった。
その時――
「あ、なーちゃーん! おはよー」
間延びした声が飛んできた。
その声の方へと視線を移すと、フワフワのボブヘアーが目を引く少女が小さく手を降りながら歩み寄ってきていた。
「撫子……その呼び方やめてって言ってるでしょう」
「えー、なんで? なーちゃんは小さい頃からなーちゃんだよ」
撫子と呼ばれたこの少女──彼女は、西園寺撫子。杏奈の幼馴染みである。
「もういいわ……貴女、何度言っても聞いてくれないんだもの」
杏奈は、わざとらしく盛大なため息をついてみせる。
「西園寺さん、今日もお早いんですのね」
「にへへー、風紀委員委員長としての見回りがあるからねー」
生徒会の一人が問えば、撫子はピースをしながらそう答えた。
「風紀委員委員長として、ね……なら、自分の身なりをもっときっちりした方がいいわよ」
「えー?」
「貴女、またボタンをかけ間違えてる」
半ば呆れながら、杏奈が撫子の制服のボタンをかけ直す。
撫子は風紀委員委員長という立場にありながら、少々抜けているところがある。そこにツッコミを入れるのが杏奈。そのやり取りは最早テンプレートになっている。
「あれぇ?」
「あれ、じゃないわよ……もっと委員長としての威厳を持ちなさい」
「んへへー、怒られちゃったー」
反省しているのかしていないのか、撫子は困ったように笑うだけだった。
「そういえば、この間のフットボールフロンティアの、雷門中対星章学園の試合、凄かったねぇ」
「あら、見てたの」
「勿論だよー、わたしサッカー部のファンだもん」
「でも、もう今は撫子のファンだった雷門イレブンではないわよ」
撫子は、円堂率いる雷門イレブンの熱狂的なファンだ。どれだけ無茶でも過酷でも、無謀だと言われても、諦めずに戦った雷門イレブンに勇気と希望を貰った内の一人。
しかし、今雷門中にはその雷門イレブンは誰一人いない。
「それでも、わたしはファンだよ」
「今の雷門イレブンのどこがいいんですの?」
「だってねー、この間、なんていうかー……皆、すっごくかっこよかったから!」
そう言って、にぱっと笑った。
今までの雷門イレブンとは違う。メンバーも、経歴も、実力も、何もかも。それでも、自分はファンだと言い切ったのだ。あの星章学園との一戦で、試合に負けようとも気持ちでは決して負けることのなかった新雷門イレブンに、確かに心を動かされたのだ。
「だからね、わたし、サッカー部のマネージャーやろうかなって思ってるんだー」
「はっ……!? ま、マネージャーですって?」
杏奈が驚き聞き返せば、撫子は満面の笑みで頷いた。
――撫子にマネージャーが務まるのかしら。
杏奈は一人、そんな不安に駆られていた。
一方、雷門イレブンは、そんな会話も露知らず、休憩に入っていた。
「明日人、いつもより飛ばしてるな」
練習の様子を見て、道成が明日人に問う。確かに今朝からの明日人は、うきうきしているような、うずうずしているような、そんな感じだった。
「はい! 本当にサッカーを取り戻したんだなって、嬉しくなって!」
これからもまたサッカーができる。その嬉しさが、明日人を突き動かし、サッカーへと向き合わせていた。
「ホーホホホ! ここで問題!」
和気あいあいと話していると、突如趙がゴールポストの上に立ち、そう切り出してきた。
「え!?」
「危ないですよ、監督!?」
のりかと花茶が驚いて、慌てて駆け寄る。
趙はそんなことなどお構いなしに続けた。
「あなた達に間もなく、新たな試練が訪れます! さて、それは一体何でしょう?」
試練――その二文字を聞き、頭をフル回転させて思考を巡らせる。いつものように、趙がシンキングタイムという名の時間制限をつけてきたため、焦りでなかなか答えが出てこない。
「ブッブー! 時間切れでーす」
颯爽とゴールポストから降り、趙は楽しそうに言った。
前にも味わったことだが、剛陣は「イラッとくるな、アレ……」と額に青筋を立てていた。
「さて、その試練とは……フットボールフロンティアの本戦に進めるかどうか、あなた達にはまだチャンスが残されているんです! ホーホホホ!」
「ええ!?」
趙の言動には驚かされてばかりで心臓がもたない……そんなことを思いながらも、本戦に進めるチャンスがあるなら、こんなにも嬉しいことはない。
亀田コーチの話によると、フットボールフロンティアの予選では、同じブロックの16校のうち、ランダムで選ばれた6チームと対戦することになるのだが、その勝ち点の上位2組が本戦へ進むことができるらしい。そして、勝ち点が同じ場合は、得失点差で決まる。
即ち、一度負けたチームも残りの試合を全勝することができれば、本戦に進むことができるかもしれないのだ。
それを知った皆は、全力で喜びを分かち合った。
「喜ぶの完全に早いけどな……」
「嬉しい時は素直に喜べばいいと思うけどなー? 小僧丸も嬉しいんでしょ?」
小僧丸がひきつり気味に呟くと、花茶は我慢すべきではないと、ニヤニヤしながら言ってみせた。小僧丸は照れ隠しなのか、「うっせーよ」と顔をそらした。
「燃えてきた! 猛特訓して全試合勝とう! 絶対に!」
明日人が拳を突き上げ言うと、それに同調するように皆も「オー!」と声を張り上げた。
次なる試合に向けて燃えている雷門イレブンを、生徒会メンバーは生徒会室から見下ろしていた。
「アイツら、まだ試合に出るつもり?」
雷門イレブンのやることなすこと、何もかも気に入らないのか、怒りが治まることはないようだ。
そんな中、杏奈は明日人の言葉を思い出していた。
――俺達今までサッカーに救われてきた。だからサッカーは渡さない、いつか絶対に取り返す!
この言葉が、杏奈の心を揺らしていた。
「杏奈さん、今日はなんだか……」
「何?」
「あ、いえ……」
生徒会の一人が様子がおかしい杏奈を気遣い声をかけるが、強い語気に圧倒され、何も言えず押し黙る。
「杏奈さん! アイツらにサッカーをやらせても結果はどうせ大負け! 学校の恥ですわ!」
ムスッとしながら雷門イレブンを罵倒する。
「そうね。その通り……今が解散の時ね」
杏奈が冷酷に言う。
「撫子もほだされているようだし……今のうちに手を打たなくては」
それが正しいのか正しくないのかはさておき、幼馴染みとしての良心もあるようだ。
***
その頃、サッカー部部室では、次の対戦相手と今後の特訓内容についてのミーティングが行われていた。
次なる対戦相手――それはサッカー界にそびえ立つ要塞、美濃道三中学校。
モニターに選手の一覧表が映し出されると、剛陣は「なんかお相撲さんっぽいな」と笑う。そんな剛陣に、奥入が同じく笑いながら「剛陣さん、その発想やばいです」と笑っていた。
美濃道三中学校は近づくもの全てを跳ね返し、誰一人として侵入させない。それが美濃道三中学校のサッカー、要塞守備なのだ。
「なんか怖いでゴス……」
「自分も十分でかいんだから、怖がる必要ないよ、岩戸」
美濃道三中学校の話を聞き、怖がっている岩戸に、花茶は勇気づける目的で背中をポンポンと叩く。……言い方は少々失礼な気もするが。
「ハッ、攻めりゃいいだけだろ! 守ってるだけの相手なんて」
「ビビってんじゃねぇぞ、俺がぶっ壊す!」
「あらまぁ、うちのフォワード二人は頼もしおすなぁ」
小僧丸、剛陣のフォワード二人が、攻めの姿勢を見せる。そんな二人を、信頼の念を持ちながらも、茶化す花茶。明日人が一人「俺もフォワードなんだけど……」とショボくれていた。
「試合は一週間後! これからやる特訓はただ一つです。さて、それは一体何でしょう?」
またお決まりの、趙のクイズ。当たり前のように、時間制限もある。
「はい! 相手の守りを崩す特訓!」
明日人が元気よく挙手し、答えたが、趙の「ブッブー!」という返事と共にねじ伏せられた。
「んー、残念! ハズレです! 正解は、こちら!」
趙からの正解発表……と思いきや、やたらと長いドラムロールが静かな部室に響く。
「長ぇ……」
「長いね……」
「長いです……」
剛陣、のりか、日和が待ちくたびれたように苦笑する。
「ジャジャーン! 守備を固めまくることでーす!」
返ってきたのは、想像だにしない答えだった。
「ええ!? 守備だけ!?」
「それで要塞を突破できるとは……!」
明日人と道成から反論の声が上がる。
「あんな長いドラムロール聞かされて結論それなんですか!? 途中寝そうになったんですけど!?」
「問題なのはそこじゃないです!」
花茶のズレた文句にツッコミを入れたのは日和だった。
「監督の指示は絶対でーす! 時は金なり、早速行きましょう!」
趙と雷門イレブンに温度差があるのはいつものことながら、今回特に熱くなっていたのは小僧丸だ。
「待ってください! 攻撃の特訓をすべきです!」
趙を呼び止め、身を乗り出して言う。
「そんな敵の守備、フォワードの俺が突っ込んでぶっ壊します!」
フォワードとしての誇りやプライドがあるらしく、あくまで攻めたいと熱く語る小僧丸。
しかし、趙はそれを無視してサッカーはサッカーでもサッカーゲームを始めてしまった。
***
趙を説得することなどできるわけもなく、雷門イレブンは言われた通り守備の練習を始めた。
「こんな練習が一体何になる……!?」
「うだうだ言うな、やるしかねぇだろ!」
苛立つ小僧丸と、それを宥める剛陣。
趙のことだから、前の試合のように何か考えがあっての指示だと、そう思えるが、まだまだ半信半疑だ。
「キャプテン、この特訓どう思いますか? 前のおかしな特訓は意味があった。今回も、もしかしたら……」
「あぁ、何か狙いがあるかもしれない」
「ですよねっ!」
「おぁっ!?」
練習をしながら、明日人は趙を信じる気持ちの方が強いことを、道成にほのめかしていた。ちゃっかり、道成を抜き去りながら。
数十分後、皆を集めた監督は次の指示を出した。
「ハーイ! 次はこれ!」
趙が黒い布をバサッと取ると、そこに現れたのは謎の箱だった。
「秘密兵器、その名も謎のくじ引きボックス3号です!」
ネーミングセンスはさておき、マジシャンがマジックに使うような、なんとも胡散臭い箱だ。
「3号ってことは、あれ私たちの前にも使った人がいるってこと?」
「そうかも……」
花茶とのりかが、怪しみながらヒソヒソと話す。
戸惑う雷門イレブンに、趙は箱の上部の穴から手を入れ、クジを引くように促した。
全員引き終わると、結果は、貴利名と岩戸は当たりで、他はハズレだった。
「ではでは、当たりの二人はなんと! 辛い特訓をサボってもOK! その代わり、ちょっとした雑用を手伝っていただきます!」
試合の一週間前なのに、特訓をサボることを許可し、雑用をさせようとする趙。
ここまでくるともう、理解不能──その言葉に尽きた。
「……ん?」
ふと、明日人が箱の方に目を向けると、中国のものとおぼしき大きなお面と服を身にまとった、小柄な子がいることに気が付いた。
「……ね、ねぇ花茶」
「ん? どうしたの明日人」
「あ、あれ……」
明日人が花茶のユニフォームの袖をクイクイと引き、指を指す。花茶も、その謎の子供の姿を目に捉えた。
「なに、あの子……」
「さ、さぁ」
気になった花茶が「ねぇ」と声をかけようと口を開いた瞬間、子供は「シィッ」と人差し指を口元に当て、どこかへ走り去っていってしまった。
***
翌日。貴利名と岩戸は早朝か5時から趙が言っていた雑用をしていた。
まずは、岩戸。彼は、門の落書き消しを命じられていた。
「ええ!?」
「5時からずっとやってるの!?」
明日人と日和が信じられないと言わんばかりに声を上げた。
奥入は「というかこの絵監督が描いたんじゃ……」と冷静に分析していた。それもそのはず、門に描かれた落書きは、中国イメージの強い芸術的な落書きだったのだ。
それでも、岩戸は文句ひとつ言わず、一生懸命ゴシゴシと落書きを消していた。
そうなってくると、気になるのは当たりを引いたうちのもう一人、貴利名だ。
貴利名はというと、グラウンドでホースを使い、水まきをしていた。それも、走りながら。
「何で走ってやってるの!?」
「いや、それが水まきをする場所が学校全体なんだよ」
のりかが問いかけると、貴利名から、衝撃の言葉が並ぶ。
この広い校内の全てに、水をまくこと。それが趙からの指示だった。
「なるほど……範囲が広いから走りながらやらないと、始業時間に間に合わないわけか……」
「うん、そういうこと」
「大変だね、きーちゃん……お昼奢ったげるよ……」
花茶が貴利名の考えを当ててみせ、哀れむように言えば、貴利名は苦笑いで「ありがとう」と返した。
「花壇にも木にも、校舎の窓にも、どこもかしこも水をかけてほしいんだって」
「そんな、今は練習をもっとしなきゃいけないのに……」
「監督の指示は絶対だそうだ」
当の貴利名も関係のない明日人も、他の皆も趙のやり方には戸惑いを隠せないようだ。
明日人がため息混じりに「やっぱり全然わかんない、あの監督の考え……」と呟いた。
「あー! 見つけた!」
その時、遠くから聞こえた少女の声に足を止め振り返る。
雷門イレブンを見かけ、走り寄ってきていたのは撫子だった。
「はーっ、はひーっ」
大した距離を走ったわけではないのに屈みながら膝に手をつき、息を切らす撫子を、「大丈夫?」と明日人が気遣う。
しばらく荒い呼吸を繰り返していた撫子は、息が整ってきたところで、下に向けていた顔を上げた。
「おはよう!」
「えっ!? えと、おはようございます……?」
何故か唐突に挨拶をされ、明日人はビクッと肩を揺らしながらも答えた。
「風紀委員……?」
「ちょっと明日人、何したの!」
撫子の腕章にある風紀という文字を見て、万作と花茶が明日人に問う。明日人は「身に覚えがない」と必死に弁解した。
「あ、注意しに来たとかじゃなくてー」
「え……?」
「わたし、西園寺撫子! 雷門サッカー部のファンです!」
撫子がそう言うと、雷門イレブンは揃ってポカン、という効果音がつきそうなほど、目を丸くし、口を開いた。
ファン――まだここへ来て間もないし、フットボールフロンティアでの試合も1試合しかしていないというのに、そんな自分達にもうファンがついたのかと、心嬉しくなった。
「俺達のファンか……そいつは嬉し──」
「でも今日は、二人だけは練習してないんだねぇ」
「って聞けよ!」
礼を述べようとしたのに遮られ、挙げ句話を変えられたため、剛陣が「マイペースかっ」とツッコミを入れる。
「あれ? ねぇ貴女……」
不自然に思ったらしい、のりかが撫子のスカートを指差し、声をかける。
「スカート、前後ろ逆じゃない……?」
「……あれぇ? あはははっ、本当だ、逆だー」
何がおかしいのか、変にツボに入った撫子が笑いながらくるくる回すようにスカートをずらす。
服装チェックをするのも風紀委員の仕事、のはずなのに、当の本人がそれをできていないとは、何事か。
撫子を見る雷門イレブンの目が、呆れたものへと変わる。
「それで、どうして一人は落書きを消してて、一人は水をまいてるのー?」
「え、あ、あぁ……それなら、監督の指示なんだよ」
「へー、そうなんだぁ。あの中国の人の?」
撫子の問いに、明日人が頷く。
撫子は無言になり、顎に手を当て、「ふーむ」と何かを考えるポーズを取る。
そうしてしばらくして貴利名に目を向け、
「手から水出せたら楽チンなのにねー」
と、両手をパーにして前に出しながら、笑顔でトンチンカンなことを言い出した。
「手……から、水……?」
いつも冷静に対応する貴利名ですら、困惑している。
「だって、ホースより手の方が、水を操りやすくない? それに、当てたいところに水をきっちり当てられるような気がするんだー」
「な、なるほど」
脳内ファンタジーかと思えば、言っていることはそれなりに的を射ている。
「水をきっちり当てる方法か……」
それまでやんわりと撫子の話を聞いていた貴利名が、はたと真剣な表情になって、考え込んだ。
「あ、わたし、監督にお話あるからもう行くね」
「え、監督に?」
「うん、またねー」
最後までのんびり間延びした声で、マイペース少女撫子は数回手を振ってサッカー部部室の方へと歩いていった。
「監督に話って……」
「風紀委員として? それとも……」
雷門イレブンに、大きな疑問が残されたのだった。
***
趙への話――マネージャーになることの申請をすべく、撫子はサッカー部部室に向かっていた。
中に入ろうとすると、部室から趙と杏奈が話している声が聞こえ、自動ドアが開く前に足を止めた。
撫子は自動ドアが開いてしまわない距離で、耳をすませる。
「生徒会として、サッカー部の解散を決めました」
解散という言葉に、撫子は動揺する。
「雷門中サッカー部と言えば、今や伝説的な存在……その名を汚すイレブンなど必要ないのです」
冷徹に、落ち着いた声色で言い切る。
すると、趙が立ち上がって話し始めた。
「あなたはサッカーがお嫌いですかな?」
杏奈の真意を探るように。
「好きとか嫌いとか、そういう問題ではありません。今はサッカー部の必要性について……」
「わかっていますよ、サッカー部については、この学校にとって重要な案件です」
杏奈の言葉を遮って、趙が語る。
「ですが、その名を、看板を、本当に無くすんですか? 誰の責任で? 私ですか? あなたですか?」
いつものふざけた調子ではあるが、いつもよりも声のトーンを落としている。
「あなたがその目で確かめた上で、くれぐれも慎重に判断してくださいよ?」
それだけ言うと、趙は部室を出て行った。丁度、ドアの前で二人の話を聞いていた撫子と鉢合わせる。
「おや、失礼」
「い、いえ!」
趙が去っていった後で、部室に残された杏奈に話を聞くべく、撫子は部室へと足を踏み入れた。
「撫子……」
「……なーちゃん、今の話、本当?」
撫子は、不安そうに杏奈を見つめる。その視線を振り払うように、杏奈は撫子から顔を背け、
「ええ、本当よ」
「サッカー部、解散させちゃうの……?」
「雷門の名誉を傷付けないためには、そうするしか――」
「そうだ! いいこと考えたぁ!」
今の瞬間までの暗い雰囲気もなんのその、撫子が手をパチンと合わせて、明るい声色で提案する。
「なーちゃんもわたしと一緒にマネージャーやればいいんだよ!」
「はっ……? な、何を言っているの撫子、私はサッカー部の解散を──」
「だって、監督さんも言ってたよ? なーちゃんの目で確かめて、慎重に判断してくれって! だから、お試しでもなんでも、マネージャーをやってみて、もう一度考えてみればいいんだよ!」
杏奈のやり方を否定はせず、受け入れた上で、杏奈の手を握り、そう言ってみせる。
昔からそうだ。撫子は杏奈の言動、それを否定したことなど、一度もない。
大切な幼馴染みが、間違ったことをするわけがない――そう強く信じているが故だ。
「……相手は違えど、私もほだされているようだわ」
「え?」
杏奈の呟きは、撫子には届かなかった。それを誤魔化すよに、杏奈は「何でもないわ」と小さく小さく、微笑した。
***
趙が合流したグラウンドで、今日も練習が始まった。
「さて、今日は守備以外の特訓もしましょうか!」
皆の期待が一気に膨れ上がる。
「ってことは、いよいよ攻撃だな!」
剛陣が待ってましたと言わんばかりに張り切る。
「ここからはロングパスのトラップ練習、時間までずっとでーす」
しかし、趙から返ってきたのはまたも見当外れな指示。
「どうして攻撃の特訓をしないんです!?」
「ホーホホホ」
「やってられっかよ! 攻撃をしないサッカーなんてサッカーじゃない! 守りばっかで勝てるわけねーよ!」
言葉を濁すばかりで、真意を語ってくれない趙にしびれを切らし、小僧丸が今まで以上に声を張り上げる。
「そんな練習、俺は参加しないからな!!」
そしてついにはグラウンドから立ち去ってしまった。
この時から、雷門イレブンに不穏な空気が流れ始めたのだ。
***
翌日、朝。岩戸と貴利名を抜きにして、他メンバーはいつも通り練習に向かっていた。
「小僧丸、今日も来ないね」
「あぁ……声をかけているんだが、難しいやつだ」
明日人と道成がそんなやり取りをし、ため息を吐く。
趙の指示で守りの特訓しかできないことから、小僧丸は練習に来なくなってしまったのだ。
「ったく、私のこと散々腰抜けだとか言っといて、自分はサボりかよ。後で、説教してやる!」
「ま、まぁまぁ」
拳を握り言う花茶を、万作が宥める。
「お、今から練習か?」
「うん。なんか、前より余裕だね?」
「わかるか?」
今日も欠かさず水まきをしている貴利名は、雑用を始めた頃より余裕そうに見える。そのことを明日人が指摘すると、貴利名は嬉しそうに頬を緩ませた。
窓の近くに場所を移すと、貴利名は解説を始めた。
「効率的に水をまく方法を思い付いたんだ。ホースを潰すようにして持って、水を遠くに飛ばす! そうすることによって、自分は動かなくても、狙ったところに水を当てられる!」
「おおー! なるほど! きーちゃん頭いい!」
貴利名の解説を聞き終わり、花茶がパチパチと拍手を送る。
しかし、
「でもねきーちゃん、ホースを振りかぶったから水が飛び散って私たちびしょ濡れだよ」
「うわっ!ご、ごめん皆!」
こうすればいい、それを実演してみせた貴利名だったが、花茶たちはホースの水を頭からかぶってしまい、しずくが滴っていた。
貴利名は再度謝ると、
「思い付いたのは西園寺がくれたヒントがあったおかげでもあるんだけどな」
「え? 西園寺さんの?」
「あぁ!」
――手から水を出せたら楽チン。
――当てたいところに水をきっちり当てられる。
この撫子の何気ない空想的な語りが、思わぬところでヒントになったようだった。
「抜けてるけど、なかなかいいこと言うじゃねぇか、アイツ!」
この一件で、剛陣も撫子に一目置いたようだ。
「きーちゃんはうまくいってるみたいだね。岩戸はどうだろ……」
少し心配になった花茶が岩戸の様子を見るため、門へと足を運ぶ。
そこには、服部の姿もあった。
「ねぇ、ゴーレム。特訓行かないのー?」
「半ちゃん、壁ってのはゴスね、平らなようで平らじゃないんでゴス」
「壁職人みたいになっちゃってるよ……」
呟くように突っ込む花茶。
岩戸は思っていたよりも穏やかな気持ちで、落書き消しに臨んでいた。
「この短期間で、水まき職人と壁職人が誕生したよ。あの監督本当に何考えてるの……」
花茶が門を見渡そうとすると、岩戸が拭いたばかりの門を、あのお面を被った小柄な子供が汚すところを目の当たりにしてしまった。
服部も見てしまったようだ。
「落書きしてる! あの感じ、絶対監督の子分だよ!」
「岩戸、気付いて! この特訓エンドレス地獄だよ!」
服部と花茶の二人が必死に訴えかけるも、岩戸は、
「いいんでゴス。二人とも。壁が壁らしく壁でいてくれれば……いいんでゴス……」
爽やかでスッキリとした表情で言った岩戸に、服部と花茶は声を合わせて「悟っちゃってるー!!」と叫んだのだった。
***
すっかり日は沈み、夜。
木枯らし荘の食堂スペースで、小僧丸以外の皆は夕食をとっていた。
「小僧丸は、部屋に?」
「ああ、部屋でもほとんど話してくれない……」
明日人が心配そうに貴利名に聞くと、貴利名もまた心配そうに答える。
趙に反発したあの日から、小僧丸と接する時間が前よりも確実に減ってきていた。
「あんな小僧丸、今まで一度も見たことねぇ」
いつも口喧嘩をしている剛陣すら、「調子狂うぜ」と溢していた。
奥入が「まぁ、知り合ったばっかですけどね」と野次ると、剛陣は「あぁ!?」と凄む。
「何か、攻撃にこだわる理由があるのかもしれないな……」
「FWだもんね……そのプライドはあって当然かな」
貴利名が考えながら言うと、花茶もうんうんと頷いた。
「ごちそうさま! 俺、ちょっと話してくるよ」
「あ! 明日人、私も行く! 説教してやんないと!」
二人で食堂を後にしたが、食堂に残った一同は花茶が火に油を注いでしまわないか心配になった。
木枯らし荘内を探し、屋上のような場所に、小僧丸の姿があることに気が付いた明日人と花茶は、急いでそこへ上がっていく。
「ここにいたんだ、小僧丸!」
「もう飯だぞ! 飯の時間!」
明日人と花茶の呼び掛けにどこか力なく振り向くが、その後星空を見上げた。
「東京は空が明るいね。俺、島ではいつも星が見える時間になっても練習してたんだ」
おもむろに、明日人が話し始める。
「遅くなりすぎると、たまに……母ちゃんに怒られた」
今は亡き母との思い出に胸を馳せる。
「あー、なんか懐かしいね。私もよく、店でサッカーボール蹴ってて、売り物の鉢植え倒しちゃってお父さんに怒られたっけ」
「それは危ないよ花茶!」
明日人と同じように言ったが、花茶のそれは明日人とは明らかに違う思い出だった。
「……俺もだ。俺も遅くまで練習してた。東京じゃ確かに星は見えねぇけどな」
静かに、小僧丸が語り出す。前まではDFであったこと、その練習がうまくいっておらず、試合では抜かれっぱなしだったこと。
そして、ある人との奇跡的な出会いを――。
「どうやったって必ず抜かれるのが悔しくてさ、毎回毎回、一人で練習してた。そんな、ある日、俺はあの人に出会ったんだ」
「あの人?」
「あの人が、俺のサッカーを変えたんだ」
昔、サッカーの練習中に引ったくりを目撃した小僧丸は、その犯人を追った。小僧丸がその犯人を捕らえることはできなかったが、小僧丸同様その犯人を追っている人物がもう一人いた。
その人物とは、あの豪炎寺修也だったのだ。
豪炎寺が蹴り上げたボールが犯人にクリーンヒットし、見事犯人を捕らえることができた。
その時、その瞬間、もう引ったくりの犯人のことなど頭から飛んでいた小僧丸は、夢中で豪炎寺に声をかけた。自分はDFをやっていると。
豪炎寺から返ってきたのは、思いもよらぬ一言だった。
――お前はディフェンダーには向いていない。
そうはっきりと言われたのだ。そして、こうも言われた。
──進むべき道が前に見えないなら、反対側を見ろ。
小僧丸の持ち味は、大人をもふっ飛ばす突破力。それを一瞬のうちに見抜いた豪炎寺は、「自分だけの道を進むんだ」と助言を残して去って行ったという。
「豪炎寺って、あの豪炎寺修也…!?」
「あぁ。後の雷門イレブンの天才ストライカー……!」
明日人も花茶も、小僧丸をとても羨ましがった。自分も会ってみたいと。
「反対側……、そっか。だからDFを辞めて、FWになったんだね」
「そうだ。その豪炎寺さんの言葉があったから……俺は攻撃することでこそ輝ける。攻撃しねぇとダメなんだよ」
説教してやる、と豪語していた花茶だったが、小僧丸の話を聞くうちに落ち着き、心穏やかに耳を傾けていた。
「練習に参加しないのは悪かった。明日からは合流するよ」
「うん!」
「俺はもっと強くならなきゃいけない……」
「小僧丸は十分強いよ」
花茶が、皮肉だったり茶化したり、そういった類のものではない、純粋な誉め言葉を放つ。
「FWとしての信念もしっかり持ってるし、根っこも芯が太くて強いし」
「な、なんだよ急に」
「で、も! 今回の一件で小僧丸は、腰抜け予備軍に認定された! どうだ、ざまぁみろ!」
誉め殺しは癪に障るのか、最後に、笑いながらそんな憎まれ口を叩く。しかし、それは悪意あるものではない。
明日人が苦笑している横で、小僧丸は「予備軍ってなんだよ」と吹き出していた。
「あ! いたいた!小僧丸くーん!」
三人の居場所を探し当てたのりかが走ってくる。
「ご飯食べよ! ご飯は皆で食べるのが、美味しいよ!」
のりかが実家の海苔を見せながら笑うと、小僧丸もフッと笑い、「あぁ、だよな」と呟いた。
「よーし、俺ももう一回食べよっと!」
「えぇ!?」
「いいけど明日人、大事な試合の前にお腹壊すなよー?」
こうして賑やかな雰囲気を取り戻し、暗く落ちかけていた雷門イレブンに、再び光が差し込んでいた。
***
そしてついにやってきた、フットボールフロンティア予選、雷門中対美濃道三中の試合、当日。
今回は、雷門スタジアムで試合が行われる。
いつもの調子を取り戻した雷門イレブンは、更衣室で新調されたユニフォームに目を輝かせていた。
「ユニフォームに、スポンサーロゴがついてるっ!」
たまらず、花茶が歓喜の声を上げる。
今までとは違い、スポンサーがついたことで、ユニフォームの胸あたりに大きくスポンサーのロゴが入ったのだ。
「すごい……!」
「これがスポンサーのロゴかぁ!」
花茶に続き、明日人と日和も嬉しそうに言った。
「島袋さん、ありがとうございますっ!」
「あなた方をスポンサードすることができて光栄です。活躍を期待していますよ」
「はいっ!」
試合を観に来てくれた島袋さんの激励に背中を押され、雷門イレブンのやる気は十分だ。
「さぁ、皆さん! 他にもお知らせがありまーすっ!」
元気よく、つくしが皆の注目を集める。
更衣室に入ってきたのはなんと、クールビューティーな生徒会長杏奈と、マイペースな風紀委員委員長撫子だった。
「そう! 神門杏奈ちゃんと、西園寺撫子ちゃん! 二人は今日から、わたしと一緒にマネージャーをやってくれまーす!」
「え……」
「ええ!?」
なんの迷いもなく言ってのけたつくしについていけず、雷門イレブンは声を揃えた。
「それじゃあ、杏奈ちゃんと撫子ちゃんから一言!」
「いえ、別にそういうのは……」
「はーい!」
一言を要求され戸惑う杏奈を遮り、撫子が大きく挙手した。
「前も自己紹介したけど、わたし、西園寺撫子! 風紀委員委員長です! 皆さんのファンです! どうぞよろしくーっ」
にっこり笑顔で言い終わった撫子に、拍手が送られる。
そして次は、杏奈の番だ。
「では続いて杏奈ちゃん!」
「だ、だから私は……」
「ハイッ、どうぞ!」
半ば強制的に言われ、杏奈は小さく咳払いをし、
「このサッカー部が雷門中に相応しいかどうか、自分の目で確かめることにしただけ……それだけだから」
そう冷たく言い放った。
「って言ってるけどねー、なーちゃんはツンデレさんだから、本当は照れくさいだけなんだよー」
「なっ……! 撫子、貴女何を言って――」
「本当はとってもとってもいい子なの、だから皆、仲良くしてあげてねぇ」
「撫子っ!」
対照的な二人のやり取りを、ただただボーッと見つめる。
「な、なんか……」
「まるで親子、ですね」
日和が表現したかったらしいことを、奥入が的確に当てると、日和は「そうそれっ!」と心底納得しているようだった。
「西園寺」
「あ、えっとー……氷浦くん?」
「うん。この間は、アドバイスをくれてありがとう。あれ、いいヒントになったよ」
例の手から水の助言について、貴利名は礼を述べた。
しかし、撫子はきょとんと首を傾げた後、「うーん?」と宙を見た。
「……あー! なんか言ったー! わたし、なんか言ったような気がするー!」
「え、もしかして覚えてなかったの……?」
今思い出したかのように手の平を拳でポンと打つ。
「きーちゃん、ドンマイ……」
「う、うん」
「きーちゃん? えっとー、氷浦貴利名だから、きーちゃん?」
花茶が貴利名の肩を叩く。それよりも撫子は、別のことに興味を示しているようである。
「うん、そだよ。きーちゃんのおばあちゃんがね、きーちゃんって呼んでんの」
「そっかー、きーちゃん……にへへ、きーちゃん、なんか可愛いねぇ」
その呼び方を気に入ったようだ。
「はい、皆よろしくね! パチパチパチー!」
歓迎ムード全開のつくしが、皆にそう言い聞かせ、杏奈と撫子に拍手を送った。
「じゃあ杏奈ちゃん、撫子ちゃん! 早速だけど初仕事だよ!」
つくしが雷門イレブンを呼びつける。杏奈と撫子に手渡されたのはカメラだった。
「それで、手分けして皆の写真撮って!」
言われた通り、一人一人単体で写真を撮る。
「どうして写真を?」
「これのため!」
撮り終え、つくしが指を差した方を見ると、アーケードゲームのような形をした、大きな機械があった。
どうやら、スポンサーがついて正式に認定された選手だけが貰えるID、イレブンライセンスを発行する機械らしい。
発行されたイレブンライセンスを、杏奈と撫子が手分けして、皆に配る。
「ちなみにこれ、ロッカーのカードキーにもなります!」
「本当だ!」
「おおー!」
面白く思った日和と服部が試しに使ってみると、確かにイレブンライセンスで扉の施錠が可能だった。
「こ、コレ……完全に失敗だぞ、おい……撮り直せるよな……?」
自分の写真が気に入らないらしい剛陣が震えた声で杏奈に訴えかける。
「え……いえ、キャラクター完全に出てると思いますけど……」
剛陣に詰め寄られた杏奈は淡白に言い返す。それが不服だったのか、剛陣は「なんだと!?」と威嚇する。
「撮影した画像データはもうセンターに送られちゃってます! こういうプレイヤーズカード、つまりプレカになって、一般に販売されるんです!」
引きつった表情でポーズもガチガチに固いあの写真が、カードになり、しかも一般に販売される――剛陣は凍りついた。
「は? え……コレが……?」
「剛陣先輩、それやばいでーす」
「でも神門さんの言うとおり、確かにキャラクター出てる…っ」
絶望する剛陣の後ろから、出来上がったイレブンライセンスを覗き見て、奥入と花茶が笑いながら更衣室を後にする。
仲間からも笑われ、剛陣は青ざめていく。
「私、プレカコンプリートしてるんです!」
「おおー! なんか凄いねぇ」
つくしが、自慢げにプレカが入ったファイルを広げる。撫子が興味津々でファイルに釘付けになった。
「最近のオススメは、王帝月ノ宮のキャプテンの野坂くん! サッカーしてる男子ってやっぱりかっこいいですよね!」
「……」
「全然、興味ない……」
野坂──その名を聞いた途端、撫子は口を閉じ、杏奈はどこか悲しい表情を浮かべた。
そんな二人を不思議に思いながらも、つくしは「じゃあ二人も! まずは杏奈ちゃんから!」と、パシャリと杏奈の写真を撮影した。
「マネージャーにも、カードあるんだよ!」
つくしが楽しそうに言う。杏奈は少し前髪を直し、
「撮り直し、いいですか?」
「それならなーちゃん、わたしが完璧なヘアースタイルにしてあげるよ! 風紀委員、委員長として!」
やる気に満ちた撫子が、フンスと鼻を鳴らして立ち上がる。
「嫌よ! 幼稚園の時のこと忘れたの?」
「なんだっけー?」
「卒園アルバム用の写真撮影の日、撫子が私にしたツインテール、すごく最悪な仕上がりだったわ!」
「えーっ? あれ可愛かったよぉ! 上出来だったよぉ?」
過去を掘り返され、そのことを咎められた撫子が負けじと反論する。
「ふふ、杏奈ちゃんと撫子ちゃん、とっても仲良しなんだね!」
「そうだよー! だってねー、幼馴染みだもんねー」
「どこがですか……っ!?」
つくしの言葉を肯定する撫子と否定する杏奈。
やはり二人は正反対な性格だった。
杏奈だけ撮り直し可能だということを知り、後ろで剛陣が、「お前、自分だけ……」と弱々しく呟いた。
***
いよいよ、試合開始間近。
この試合を、灰崎と、つくしが持っていたプレイヤーズカードの中にあった野坂、そのチームメイトの西蔭も、観戦しにやって来ていた。
「こんなローカルな試合に、戦術の皇帝さんがお出ましとはな」
皮肉を含めて、灰崎が笑う。
「ちょっと興味深いチームだと思ってね。君もここにいるということは、雷門に興味を持ったんじゃないのかな?」
野坂が灰崎に無表情で言えば、灰崎は「暇だったんだよ」と言葉を濁した。
そして、スタジアム内ではそれぞれのスポンサー企業のCMが大きなモニターに映し出され、流れていた。
雷門にとっては、負けることの許されない、背水の陣──勝ち点を上げなければ、本戦進出は絶望的だ。
雷門イレブンは、美濃道三中の異様な圧に背筋を冷たくする。
今回の対戦相手、美濃道三中には、チームの実力を上げるために派遣されたサッカー強化委員、壁山塀吾郎かいた。
本来ならば強化委員も出場できるのだが、壁山は昨日うっかり足首を捻挫してしまったらしく、試合には出ないようだ。
「教えることはもう全部教えたッス!」
壁山は自分が出場できなくとも、チームの勝利を信じていた。
前回の試合ではベンチスタートだった花茶は、今回はスタメンで登場する。ベンチには服部がいた。
その布陣で、ついに試合開始のホイッスルが鳴り響く。
明日人から剛陣へパスを繋ぎ、上がっていく雷門イレブン。しかし、途中でパタリと足を止めた。
美濃道三中の選手が、何倍も大きく見えたのだ。
「こんなの突破できんのか…!?」
「守りの特訓しかしてないのに……!」
小僧丸と明日人がたじろぐ。
この試合も、波乱の幕開けとなった――。
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