試合開始直後、全力ではないファイアトルネードで牽制した豪炎寺。
 ボールは、鬼道へと回っていた。

「流石だな、豪炎寺」
「俺一人の力じゃない。チーム全員が連携した力だ」

 試合の最中、鬼道と豪炎寺が語り合う。以前までは同じチームで戦っていた二人が、今はライバルとなり、戦っている。その会話も、相手の真意を探るように行われているようだった。
 鬼道がパスを出すと、それは西垣のスライディングによってカットされてしまった。

「ここまで仕上げてくるとはな……、ディフェンスの連携でパスコースを限定させて、そこへ誘い込む……武方兄弟だけではなく、チーム全体の意思疏通が行き届いている、完全なチームサッカー」
「そうだ。かつて天才ゲームメーカーと呼ばれた鬼道有人に、これが破れるかな?」

 鬼道がゴーグルを光らせ解説すれば、豪炎寺はその通りだと頷く。
 試合はどんどんと白熱していく。
 西垣から、豪炎寺にパスが繋がった。

「いくぞ! 今こそ木戸川清修の真のチーム力を見せる時だ!」

 豪炎寺の掛け声に、木戸川清修が駆け出す。先陣を切るのは武方3兄弟だ。
 木戸川清修のパス回しはとてつもない速さで、観客は目で追うのもやっとだろう。
 二階堂は言う。「サッカーにおいて、1+1が必ずしも2とはならない」と。
 豪炎寺と武方三兄弟――彼らのような強力なフォワードを揃えただけでは、決してチーム力は上がらない。
 ――俺達は、初めから一つのチームだったわけじゃない。
 豪炎寺は思い出す。この試合が始まるまでに、過ごしてきた日々のことを。

 サッカー強化委員として木戸川清修に戻ってきたあの日。ほとんどの部員達は、豪炎寺のことを歓迎してくれた。豪炎寺がいれば、全国制覇も夢じゃないかもしれないと。ただ、武方三兄弟だけは豪炎寺を快く受け入れなかった。
 豪炎寺と武方三兄弟は、木戸川清修のエースの座を賭け、三対三のミニゲームをふることとなった。
 いつも一緒で、必殺技も三人で繰り出すほどに仲の良い武方三兄弟に対し、豪炎寺がミニゲームのチームメイトとして選んだ二人は、まだまだ実力か乏しい新入りだった。
 それでも、豪炎寺チームは武方三兄弟に勝利した。練習ではうまく動けていなかった新入り二人が、豪炎寺の指示ではしっかり連携できていたのだ。一方、武方三兄弟は我先にとゴールを狙い、三人の連携が崩れてしまっていた。
 ――仲が良いことと、チームワークとは違う。
 負けて落ち込む武方三兄弟に、豪炎寺はそうやって声をかけた。他の二人より目立とうという雑念がある限り、武方三兄弟のプレーは個人プレーと同じだと。
 それを機に、武方三兄弟は豪炎寺を認め、チームとしてやっていくことを受け入れたのだ――。

 そんなきっかけがあって、チームとしての絆が固く結ばれている木戸川清修の攻めるプレーに、ついていけていない星章学園。

「何やってんだ! 止めろよ、役立たずどもが!!」

 焦る灰崎が、チームメイトに罵声を浴びせる。
 そんな灰崎に、反抗的な仲間から「役立たずはお前じゃないのか?」と冷たい一言が返ってくる。
 連携どころか、星章学園の雰囲気は、じわりじわりと悪くなっていく一方だ。
 その間に、武方3兄弟が上がっていく。

「木戸川清修のパス回しに、まるでついていけてないな……」
「そうだね、時間が経てば経つほど、状況が悪くなっていくみたい」

 顎に手を添え、万作が真剣に言う。花茶も、木戸川清修が主導権を握っている試合を、心配そうに見守る。

「あれが本当に、俺達を圧倒した星章学園なのか……?」
「灰崎……」

 道成と明日人も、星章学園の実力はこんなものではなかったはずだと、疑わしそうに試合を見ていた。
 木戸川清修と星章学園、チームとしての完成度の差は歴然――果たして、最後に勝つのはどちらか。それは、誰にも予測できない。

「いくぞ!」
「トライアングルZ!!」

 武方三兄弟が、必殺シュートを真上に向かって打ち込む。一見、ゴールをそれたため失敗したと思われたが――その軌道に合わせて力強く飛んだ豪炎寺が、失敗ではないことをすぐに思い知らせる。

「僕達のトライアングルZに!」
「豪炎寺のファイアトルネードを加えた!」
「これぞ最強のシュートっしょ!」
「爆熱ストーム!!」

 ファイアトルネードはない、豪炎寺の必殺シュート。シュートにシュートを重ねる、オーバーライド。試合前、練習して修得した、四人がかりの必殺シュートだ。
 今までで一番の大迫力。なすすべなく、灰崎もろともゴールネットを揺らした。
木戸川清修が先制、これには観客席が大歓声を響かせた。

「そんな……!」

 思わず、明日人が立ち上がる。

「……っクソがぁ!!」

 灰崎は失点した怒りに任せ、鬼道目掛けてボールを蹴りこむ。
 それを軽々とトラップした鬼道と灰崎は、睨みあっていた。

「くぅー!! 豪炎寺さん、やっぱスゲー!!」

 いつもクールな小僧丸が、この試合ではテンションが上がりっぱなしだ。よほど、豪炎寺のことが好きなのだろう。

「武方三兄弟も凄かったな。あのシュートは、三兄弟の協力あってこそだった」

 何気なく、道成が呟く。

「はぁ!?」
「だな、半分は武方三兄弟の得点じゃないか?」

 納得いかなそうに声をあげる小僧丸をよそに、万作も道成に同調した。

「どこ見てんだよ! 今のは100%豪炎寺さんの得点だろ!」

 小僧丸が声を荒げると、皆は物珍しげに小僧丸を見つめる。

「小僧丸がムキになるなんて、珍しいな……」
「大事なのはチームワークだし、どっちも凄かったってことでいいでしょ、もう」

 花茶かため息混じりに言うと、小僧丸は「納得いかねぇ!」と鼻を鳴らした。

「あのね、二つの技を組み合わせた技なら、名前まぜこぜにして、爆熱トライアングルストームZにしたら良いと思うんだよねぇ」

 身を傾けながら「どうかな?」と楽しそうな撫子だったが、皆は心の中でそれはないとツッコミを入れた。

 試合では、豪炎寺が攻め上がっていた。そして、武方へとパスを繋げる。

「さっきのシュートがくるぞ!」
「豪炎寺にボールを上げさせるな!」

 オーバーライドを恐れ、星章学園が二人がかりで豪炎寺をマークする。
 その時再び、武方三兄弟のトライアングルZが炸裂した。
 しかし、それはオーバーライドではなく単なる必殺シュートで、完全に裏をかかれた星章学園は、またも失点――木戸川清修が、二点目を決めた。
 そこで前半が終了。注目の対決は、木戸川清修がランキング1位である星章学園を圧倒するという、意外な展開となった。
ベンチに戻るなり、灰崎は鬼道の胸ぐらを掴み上げた。

「何を考えてやがる、鬼道!! このまま負ける気か!? 今すぐ俺をフォワードに戻せ!!」

 頭に血がのぼって我を忘れかけている灰崎の怒号が響く。

「負ける気はない。お前をフォワードに戻す気もな」

 鬼道は動揺せず、淡々と答えた。

「ふざけんな! 俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだ!!」
「俺は、勝つための手順を踏んでいる」

 胸ぐらを掴む灰崎の手を払い除け、鬼道が冷静に言う。

「何故お前をそこに置いているか……それがわからなければ、お前がフォワードに戻っても豪炎寺には勝てない」

 はっきりと、断言する。

「あんな奴に負けねぇよ!」
「豪炎寺をナメるな!!」

 いつまでも自分の実力を過信している灰崎に、鬼道の一喝が飛んだ。

「たとえお前の力が豪炎寺を越えることができたとしても、豪炎寺が作り出したチームプレーは強力だ。お前個人と、木戸川清修全員との戦いになり、星章学園はシュートすら打たせてもらえないだろう」

 かつて一緒に戦った仲間だからこそ、木戸川清修のプレーを見据えているからこそ、辿り着いた答え。豪炎寺を相手にするならば、今のままでは勝つことはできない。

「御託はいい! 俺をフォワードに戻せば、すぐに逆転してやるよ!!」

 その灰崎の言葉に、鬼道が答えることはなかった。

 後半開始。木戸川清修の猛攻が続き、星章学園は防戦一方だ。

「鬼道……、これ以上テメェのサッカーに付き合ってられっかよォ!!」

 鬼道の作戦に背き、灰崎がゴールエリアから飛び出した。そして武方からボールを奪い、敵陣へと切り込んでいく。

「何してる、灰崎!」
「取られた分、取り替えしゃいいんだろ!!」

 仲間の制止を無視して、灰崎が攻め上がる。

「オイオイ、勝負を捨てたのか?」
「これはもう、チームプレー以前の問題だ」

 万作と道成が、呆れたように言う。

「こうなることは予想できたけどな。ただでさえチームプレーを好まないアイツが、大人しくゴールを守るなんてできるわけがねぇ」

 小僧丸も、灰崎の傍若無人っぷりにため息を吐く。

「そう、だな……それに、今の灰崎は一人で他の二十一人を敵にしているように見えるよ」
「確かに、一理ある……。味方すら敵かぁ……」

明日人が少し動揺すれば、花茶も頷いた。

「何をやってる灰崎! こっちにボールを渡せ!!」
「うるせぇ! タコは引っ込んでろ!!」

 とうとう、灰崎はゴール前へと到達した。

「見せてやるよ、俺一人でも勝てるってことをな!!」

 意気揚々と言ってみせた灰崎だったが、木戸川清修の二人のディフェンスで、なかなかもう一歩先へ踏み込むことができない。
 木戸川清修の連携ディフェンスには、なす術がない。

「スピニングカット!!」
「しまった……!!」

 もたついているうちにボールを奪われ、豪炎寺へと繋がれる。

「ファイアトルネード!!」

 今度こそ、本気のファイアトルネード。それを、灰崎と代わった元のゴールキーパーを筆頭に、後ろから三人で支え、四人で必死に抑え込む。

「星章学園ディフェンスの意地にかけて、これ以上点を取らせてたまるか!!」

 四人でなんとかファイアトルネードを止め、星章学園は執念の守りを見せた。しかし、その代償は大きく、ファイアトルネードを受けた体はボロボロになってしまっていた。

「アンタ達も鬼道に言ってやったらどうだ? こんなゴールキーパーは願い下げだってな」

 傷ついた体にムチを打って立ち上がるディフェンダーに、灰崎が冷たく言い放つ。

「灰崎……お前はゴールの前に立っていても、フォワードの気分でいるのか?」
「なんだと……?」
「お前がそこにいるために、キーパーを外された者がいる。そこにいる時くらい、ゴールをどう守るのかを考えろ!」

 元のゴールキーパーを労い、水神矢が言う。ゴールキーパーとしてゴールの前に立っている自覚を持つべきなのだと、灰崎を諭す。

 木戸川清修のコーナーキックで試合再開。
 豪炎寺たちがゴール前へと躍り出た。咄嗟に身構える星章学園。
 その状況を眺めながら、灰崎は考える。ゴールをどう守るか考えろと言われても、自分はフォワードなのだから、点を取ることしか知らないと。
 しかし、ゴール前で選手の動きを観察していれば、おのずと見えてくることがある。
 木戸川清修の囮に、踊らされる星章学園の姿も、またしかり。
 しびれを切らした灰崎が、再びゴールを飛び出した。その後、豪炎寺からボールを奪い取った。
 本職のゴールキーパー顔負けの、冷静かつ勇気のあるプレーだ。

「お前ら! どこに目つけてんだよ! 11番ががら空きじゃねぇか!」

 灰崎の言葉に、すぐさまマークして対応する。

「ボサッとすんな! 9番が狙ってるってわかんねぇのかよ!」

 灰崎の言うとおり、武方がシュート態勢に入っていた。

「ゾーン・オブ・ペンタグラム!!」

 水神矢が繰り出した必殺技に、武方はボールをライン外へと蹴り出した。
 灰崎の的確な指示で、星章学園は難を逃れた。

「鬼道……これでいいんだろ」
「フッ……ようやく気付いたか」
「……フン」

 そこで星章学園は選手交替を要求した。
7番と2番を交代させ、そして、灰崎はフォワードへと戻した。
残り時間十分で、二点差。これより星章学園は、本気のプレーを見せるだろう。

「ここからひっくり返すぞ、やれるな?」
「あぁ、受けて立ってやるよ!」

 鬼道が確認すると、気合い十分に言った灰崎は、ゴールキーパーのユニフォームを脱ぎ、ベンチへと投げつけた。
 星章学園の皆に、試合前のわだかまりはもう無くなっていた。
 ゴールキーパーの位置からは、敵と味方の動きが手に取るようにわかる。守りの立場から敵の連携攻撃パターンを見れば、前線において有効な攻撃ルートがどこにあるのかも、全て把握できるのだ。
 ゴールという目標の元で、十一人が一つの生き物のように繋がり合う――それが連携。
 それをやっと理解した灰崎を、野坂が楽しそうに見ていた。

「今更フォワードに戻したところで、もう手遅れなんじゃないか?」

 残り時間は、わずか十分。そこから巻き返すのは至難の技だと万作は言う。

「まだ試合は終わってない! 灰崎なら、ここから何かやるよ!」
「何かワクワクしてきたね! 灰崎、星章学園ファイトー!!」

 まだ諦める場面ではないと、明日人と花茶が明るい声色で応援した。

「鬼道、お前はあの光景を見せるために、俺をキーパーにしたのか?」

 自分の正しいポジションについた灰崎が問う。

「シュートの打ち合いを豪炎寺とやったとしても、チーム連携で攻めてくる木戸川清修には勝てない」

 それは鬼道が、試合が始まる前から、懸念していたことだ。
 個人プレーは、チームプレーに叶うはずがない。その考えを、どんなに灰崎に否定されても、鬼道は突き通した。そして、星章学園のわだかまりを消し去ったのだ。

 星章学園のゴールから、試合再開。

「奴らを討つには、お前が真のエースストライカーとして機能する必要があった! ただ突っ走るだけのストライカーではなく、チーム全員の信頼を受け、思いの繋がったボールを受け取ることができる……、それが真のエースストライカーだ!」

 鬼道が灰崎へとパスを出し、今まさに灰崎は真のエースストライカーとして目覚めたのだと言う。

「フン、そんなプレーは向いてねぇよ」

 照れ隠しなのか本音なのか、灰崎はそんな言葉を溢した。そして、鬼道へパスを繋げる。

「灰崎、お前の闇はわかっている……だが俺は、お前が何のためにサッカーをやっていようと関係ない。俺が求めるのは、最高のサッカーだ!」

 鬼道は理想を語り、再び灰崎へとパスを回す。ようやくお互いの真意を知れた二人が、しっかりとした連携で攻め上がっていく。
 灰崎は卑屈な言葉を連ねていたが、今までとは打ってかわって、鬼道以外の選手へもパスを出した。

「ゴールの引き立て役くらいにはしてやるよ、凡人ども!」

 チーム全員と連携を取り始めた灰崎は、どこかスッキリしたような表情でそう言い放った。
 灰崎の変化に、水神矢は「ここからとんでもないものが見られるかもな」と笑った。

「連携を乱すな! 灰崎をマークして動きを止めろ!」

 しかし木戸川清修も、星章学園の好きにはさせまいと自身を奮い立たせる。豪炎寺の指示が飛び、どうにか星章学園の勢いを止めようと試みる。

「さぁ、見せてみろ灰崎……お前の最高のサッカーを……!」

 鬼道が、その状況を楽しんでいるかのように呟く。ゴーグルの下に隠れた赤い瞳は、灰崎をとらえていた。

「へへへ……ノッてきたぜ!!」

 皆の期待を乗せた灰崎は、舌なめずりをして攻め上がっていった。