五条先生はわたしの涙が止まるのを待ってからゆっくりとそう言った。
「……ただ、僕は少し勿体無いと思う。僕が君をスカウトしたのにはちゃんと理由があるからね。名前にはまだまだ伸び代がある。」
「……でも、成長するまでにわたしが荷物になっているせいでこれ以上誰かを失ってしまっては元も子もない…」
「確かに君の言う通り全員が無事なんて保証はどこにもない。だけど、それは君が居ても居なくても呪術師は皆同じリスクの中に有る。その中でそのリスクを格段に軽くできるんだよ、君の術式は。」
初めての顔合わせの日、お寿司屋さんでも先生は似たようなことを言ってくれたが今のわたしには正直あまり響かなかった。今回の任務でわたしの術式の使い勝手の悪さとわたし自身の不甲斐なさを身を以て痛感したから。
───できることなら、犠牲が出る前に気づきたかったけれど。
「…後方で足を引っ張っているだけなのに、ですか?」
「名前自身、自分の術式をあまり理解できていないよね。あまり教わっていなかったんだっけ。じゃあ、君と同じ術式であろうご先祖サマの文献が見つかった、と言ったら?」
彼の言う通り、わたしは両親も祖父母も非術師だったが故に術式について教えてくれる人なんていなかった。あるとすれば、同じ術式を持っていたという曽祖母についての非術師視点からの思い出話だけだ。
その曽祖母もわたしが生まれた時には既に亡くなっていたから特に調べようもないと思っていた。
だが、もし自分と同じ術式を持つ人がわたしの術式のその先を記しているとしたら。
「…それは、どういうことですか……?」
「全てが同じだとは言わないよ。呪力量の違いとかもあるだろうし。だけど、今まで具体的に参考にするものがなかったのならその文献は君にとって大きな一歩になることは間違いないだろうね。そのチャンスを、君は持っている」
暗い闇の中一筋の光が差すようだった。
わたしは、虎杖くんの死や現実から逃げようとしていたのかもしれない。
自分の術式のこと、立ち回り方、恐怖の克服。わたしがいまここで立ち止まって学ぶことをやめてしまっては彼の死は本当に無駄になってしまう。そして野薔薇ちゃんが助けてくれて伏黒くんが逃がしてくれたこの命をどう使うか。
絶望して逃げるにはまだ早い。
今後彼と同じ結末を迎えるひとを少しでも減らすことができる
「こんな世界なんだ、逃げることが悪いことだとは言わない。最終的に決めるのは名前だ。その上で、もう一度聞くよ。名前は、どうしたい?」
そう訊く五条先生の口調には、何か確信めいたものがあるようだった。
「……わたし、強くなりたいです……先生」
「うん、いい目だ」
わたしの返事を聞いてにやりと笑った先生。
先生はきっとこの言葉を待っていたのかもしれない、そんな気がした。
「そのために……わたしの術式のことも知りたいですし、呪霊への耐性や戦闘の訓練もしたいです。慣れてなかったとはいえ今回の任務で殺された被害者の方々の遺体を見たりたくさんの呪霊に囲まれたとき、わたしだけ足がすくんでしまったので……」
その上、わたしは今回も戦闘ではまるで役に立たなかった。他のメンバーは術式や元々のフィジカルがあるとはいえ体力もあり判断力にも優れていた。
野薔薇ちゃんと二人になってしまったときのように、後方支援のわたしが倒れてしまっては支援のしようもない。事実、わたしが戦闘にある程度慣れていてあそこで倒れなければ野薔薇ちゃんに二回目の術式をかけてあげることだってできたはずだ。
五条先生からしっかり学ぶことができれば、今度はもっと上手く動けるかもしれない。助けられる人が増えるかもしれない。
「うんうん、いい心がけだね。確かに今の君には耐性をつけることも体術訓練もどちらも必要なことだ。だけど───」
「何かあるんですか?」
「いやあね、僕が教えてあげたいところなんだけどできないんだよねー、これが。予定の都合上。」
「えっ!?」
そうか。担任とはいえ五条先生は特級術師なのだ。今回の任務に来れなかったくらいの先生だ、スケジュールはなかなか合わせづらいのも無理はない。
というか、冷静に最強と謳われる五条先生直々のお稽古が当然のように受けられると思っていたほうが普通におかしいんだよな、と思い直した。
「だから、今の名前にピッタリの人を専属でつけてあげる」