同級生

「降谷くん、おはよう」

「ミョウジ、おはよう」


「今日は寒いね、雪も降るかもって言ってたからやだな〜」なんて空を見て眉を下げて困ったように笑うミョウジに、「ミョウジは寒がりすぎる」と返せば、「暑いのも苦手なんだよね」と肩をすくめてふふっと笑う。
ミョウジは同じクラスの女子で中学の時から片思いしている。

きっかけは2年生の時に同じクラスになったことだった。
この見た目に運動神経も良く、頭も良いとなると中学に入学して早々に騒がれることが多かった俺は当時少しスレていて、女子のことを「発情期の猫みたいにうるさく騒がしい」くらいにしか思っていなかった。
派手なグループに属する女子はキャーキャー騒ぎ立て、無駄に引っ付いてこようとしたりどうにかして俺と付き合おうと躍起になったり、大人しいグループもグループで煩くはないけど視線が鬱陶しかったりと正直良い思いはしていなかった。
新学期早々、まだ見ぬ隣の席の女子にうんざりした気持ちになっていたが、それは覆される事になる。


「えーっと、宜しくね」

「……宜しく」


隣の席に鞄を置いて椅子に座った女子は初めて見る顔で、こんな女子いたっけ……と言うのが本音だった。
第一印象は垢抜けていて大人っぽい。
俺の雑な返事にふわりと笑ったミョウジは鞄に視線を戻し、筆箱を出すと鞄を机にかける。
筆箱は女子がよく持っているポーチみたいに無駄にでかい筆箱やキャラクターやアイドルの缶の筆箱ではなく、キャメル色の革のペンケースだった。


「少ないんだな」

「え? 何が?」

「筆箱の中身。女子はよく沢山ペンをいれてるから」


心の中の声が思わず漏れてしまい、ミョウジもキョトンとした顔で俺を見ていた。
俺の返事にミョウジはああ、と納得したように笑う。その笑顔にドキリと胸が鳴ったような気がした。


「みんなラメが入ってたり匂いがするペンを沢山持ってて凄いよね。私はそんなにペン使いわけないからかな」

「ふーん」

「男の子は私みたいな感じよね。あ、でも筆箱にカッター入れてるのには驚いた」

「カッター?」

「そうなの、」


「去年隣の席とその前の席の男子がペンケースからカッター取り出して、お互いに刃を向けて悪ふざけし出すからビックリしちゃった」その光景を思い出したのかミョウジはふふっと笑い俺を見る。
その笑顔が大人っぽくて、同じ年なのに同じ年に見えなくて、思わず魅入ってしまう。
ミョウジの顔の造りの良さも相まってか、俺の心臓はどくどくと早くなっていく。
ミョウジの顔を見る度に心臓が早くなって、幼馴染にその事を相談すると「それは恋だ」と指摘されると、ああこれが恋か。とストンと胸に落ちた。


そしてまた場面は高校に戻り、ミョウジと肩を並べて歩く。
もう高校最後の年ということもあり、焦っていた。進路はお互い別でミョウジは就職、俺は夢を実現させる為に進学。
もう登校日数も残り少なく告白できる期間も迫っていた。


「ミョウジ…」

「どうしたの?」

「す、こしで卒業だな」

「そうだね、降谷くんは進学だからこうやって一緒にお話しできるのも最後かもね」

「連絡ぐらいするさ。友達だろ?」

「ふふ、私もするね」


結局、好きだの一言が言えずにそのまま学校につき、1日が終わる。それを何日も繰り返し、結局ミョウジに思いを伝えられずに卒業し大学生になった。


「……や……降谷さん」

「……夢か……」

「1時間経ちましたよ」


肩を叩かれぼんやりとした視界にはミョウジではなく、年上の部下である風見が映る。
そうか夢か、久々に懐かしい夢を見た。
一時間経ったら起こしてくれと頼んだら、きっかり一時間後に起こしてくれる律儀な部下に「ありがとう」と一言返す。


「じゃあ俺はポアロに出勤する。暫くまた登庁できないだろうから後は頼んだぞ」

「はい! おまかせ下さい」


集めてもらった必要な情報は黒いファスナー付きのファイルに南京錠をかけ、バッグにしまう。
風見の頼もしい返事をあとにポアロへと向かう。



*



「ナマエさんって好きな人はいらっしゃるんですか!?」

「ふふ、今はいないよ。そういう梓ちゃんは?」

「私ですか? 私も残念だけど今はいないんです〜。あ、安室さん! お疲れ様」

「お疲れ様です。そちらの女性は……?」

「あ、ミョウジナマエさんといって、安室さんが休んでいた間に常連さんになって下さったお客様です!」


ポアロに出勤して表に出るなり目に入ったのは、楽しそうに談笑する梓さんと他人の空似で同姓同名の別人じゃなければ同級生のミョウジナマエだった。
ミョウジを見れば笑顔のまま俺を見て頭に?マークを浮かべているのが丸わかりだった。
中学の頃から分からない事やどう返事をしていいか分からない時、少し頭を右に傾けて固まる癖は直っていないようだ。


「ミョウジさんお久しぶりですね、中学高校の時一緒だった安室透です」

「え、あ、安室くん? お久しぶりです」


にこりと笑顔で先手を打てば、ミョウジは戸惑いつつも、ふわりと笑顔を向ける。
俺の長年の片思いの相手だったミョウジが約10年経っても可愛すぎる件について。と思わず心の中で呟く。


「本当に久しぶりですね、今僕は探偵をしながらこの喫茶店でバイトしているんです。ミョウジさんは?」

「え、探偵になったんですね。私はしがない事務員ですよ」


「そうなんですね」と答えつつ、彼女から降谷零や警察というワードが出ないように先手を打っていく。
そう。下手に知らないふりをするよりは隠さずに先手を打ち、後で口止めする方が確実だ。
ミョウジが察しのいい人間で良かった。……いや、ポアロに偶然きた同級生が察しのいいミョウジで良かった、が正しいのか。


「え〜! 安室さんとミョウジさん同級生だったんですか!」


きゃー!少女漫画みたいな展開!と手を組んで目を輝かせる梓さんに苦笑を漏らし、ちらりとミョウジに目をやれば「ふふ」と梓さんを微笑ましそうに見ていた。
相変わらず落ち着いていて、年上のようなミョウジに安心した。
「じゃあ僕は裏で仕込みをしますね」と裏に引っ込む。
片思いの相手だし話したい気持ちもあるが、今はまたトクンと音を立てて再開した胸の高鳴りをどうにかしたい。


「ミョウジさん! 安室さんの中学生時代ってどんな感じでした!?」

「えー、うーん……普通の男の子と変わらなかったよ? ただ容姿が飛び抜けて良くて、いつも休み時間は女の子に囲まれてたかな?」

「やっぱり人気だったんですね! え〜じゃあミョウジさんは安室さんのこと好きになったりは?!」



客もミョウジしか居ないせいで、ガールズトークに花を咲かせる2人(おもに梓さん)の会話を聞きつつ作業する。
断じて盗み聞きしているわけではなく、ミョウジが知られてはマズい事を言おうとした時にすぐにストップをかけれる様にだ。


「ふふ、安室さんには内緒にしてね? 実は安室さんが初恋だったの」

「ええ〜!!」


「あ、聞こえちゃうから静かにね…!」
そう言ったあとにシーっと言うミョウジの声に作業していた手が止まる。
ミョウジが、俺に、初恋……?


「じゃあ告白とかは!?」

「それがする勇気がなかったの」

「確かに安室さんくらいカッコイイと告白も勇気がいりますよね……。ちなみに安室さんのどこが好きになったんですか?」


いいぞ梓さん、もっとやれ!
内心そう叫ばずには居られなかった。
約5年間片思いしていた相手と実は両思いだったのだ。嬉しくないわけがない。


「目標に向けて手を抜かずに頑張る姿勢で好きになったんだ。まだ中学生だったのにしっかり自分の将来について考えていて凄いなって」

「そうなんですね〜、ちなみに安室さんの将来の夢って何だったんですか?」

「ちなみにそれは秘密だって言って教えてくれなかったの。でも今探偵をしているって事は探偵が夢だったのかもね」

「確かに、蘭ちゃんって言ってここの上の階に住んでる子の彼氏が探偵になりたいというか高校生探偵だからその可能性ありますね!」

「高校生で探偵って凄いね、私謎解きは苦手」

「私もです」


そう言ってうふふと笑い会う梓さんとミョウジに心の中で手を合わせる。
俺が将来警察官になりたかった事を伏せ、ちゃんと俺の意図を汲んでくれたミョウジは天使か……。
心の中で涙しているとミョウジがそろそろ帰ると言い出して、台拭きを持ってちょうどテーブルを拭きに戻ってきた風を装う。


「ミョウジさん帰られるんですか?」

「はい、梓さんとの会話が楽しくて気づいたらもうこんな時間になっちゃって」


そういってミョウジが店内の時計に目をやるのを追えばもう21時前になっていた。
会計をしていた梓さんが「あっ!」と声を出し手を叩く。


「そういえば安室さん今日は9時上がりでしたよね!! もう暗いしナマエさん送って行くのはどうですか?最近この辺りで不審者が出るって聞きましたし!」

「え、いや、私なら大丈夫だから。あ、安室さんも気にしないで下さい」

「いや、確かにこの時間の女性のひとり歩きは危ないので送ります」



「いや、そんな迷惑かけられません……!」そう言って拒否するミョウジを見張って下さい。と梓さんにお願いすると梓さんは任せて下さいとウインクする。
折角の梓さんのお膳立て(ミョウジに対する物だが)を無駄にするわけにはいかない。と急いでエプロンを脱ぎ消臭スプレーを頭上にワンプッシュして、ロッカーの鍵を開けバッグを掴む。おっと、とタイムカードを押して戻ればしっかりとミョウジの腕を掴んだ梓さんがいた。



「お待たせしてすみません」

「しっかりナマエさん送っていってあげて下さいね!」

「勿論です。さあ行きましょう」

「え、いや、本当に……?」



ポアロの入り口を出るときに「ありがとうございます」笑顔を梓さんに向ければキョトンとした顔をして「ええ〜!もしかして?!」と梓さんの驚いた声が聞こえた。



「すみません、送ってもらうことになってしまって……」

「いえ、気にしないで下さい。あ、これが僕の車です、助手席に座ってください」


車の鍵を開けてミョウジに助手席に座るように促せば、ミョウジは「お邪魔します……」と恐る恐る助手席に座る。
エンジンをかけ駐車場から出る。できるだけ安全運転を心がけたいから何も事件が起きませんように。と心の中で祈る。
最初の沈黙を破ったのはミョウジだった


「えっと、降谷くん、でいいんだよね?」

「ああ、話を合わせてもらってすまない。助かったよ」

「」